川口いじめ訴訟 学校の対応に「違法」判断、市に55万円の賠償命令 いじめ防止法「重大事態」めぐり他自治体への警鐘に
いじめ防止対策推進法とは
いじめや重大事態を定義し、国や自治体、学校に組織的な取り組みを求めた法律。学校は教職員や心理の専門家などによる防止の組織を置き、いじめが起きた場合は事実確認し、被害児童生徒や保護者への支援、いじめた児童生徒への指導と保護者への助言を行うほか、犯罪行為の場合は警察と連携することも定めている。
校長らのいじめ否定発言は「法律違反」
訴訟で元生徒側は、2015年の中学入学直後からサッカー部内でLINEグループから外され、首を絞められるなどの嫌がらせを継続的に受けたと主張。自傷行為に及び、不登校が長期化しても学校や市教委がいじめの重大事態と認めず対応しなかったことが違法だと訴えた。
川口市側はいじめを否定した上で、いじめ対応は教育現場の裁量に任されており、いじめ防止法に従う義務はなく対応は適切だったと主張した。
岡部純子裁判長は判決で、元生徒が受けた行為をいじめと認定。学校や市教委が重大事態の調査を怠ったことや、校長らが調査前にいじめを否定する発言をしたことなどはいじめ防止法に反すると結論づけ、「重大事態の発生を認知すべき時に認知しない裁量はない」とした。
「違法と明言 全国の被害者に希望」
判決後の記者会見で元生徒の母親、森田志歩さんは「認められて大変うれしい。一番傷ついてきた息子は、直接謝ってくれるのを待っている」と語った。代理人の石川賢治弁護士は「いじめ防止法に従わなかったことを司法が違法と明言したのは、知りうる限り初めて。全国の被害者に希望を与える」と評価した。
川口市は「判決文を精査し対応を検討する」とコメントを出した。(杉原雄介)
元生徒の手紙「助けてくれると思った人たちに助けてもらえず、ウソばかりつかれたのがつらかった」
母親が会見「市には謝ってもらいたい」
判決後に埼玉県庁で記者会見した母親の森田志歩さんは「長かった。市には息子に謝ってもらいたい」と静かな声で語った。
提訴から3年半。自宅で待っていた元生徒に電話で報告すると「泣いていた」という。森田さんは、判決前に元生徒が書いた手紙を読み上げた。
「ぼくはすごくくやしいしつらい
命があるからいいじゃんとか言われるけど 命があるから苦しい
いじめられたことより助けてくれると思った人たちに助けてもらえなくてウソばっかりつかれた方がすごくつらかったです」
PTSD悪化 「元の息子を返してほしい」
在学中に心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。裁判での市側の主張に憤り、関連して起こした個人情報開示の裁判で川口市に勝訴後も謝罪がなく落胆。症状が悪化して今年、障害者手帳を交付された。
市に伝えたいことを問われ、森田さんは答えた。「心が壊れていく様子をずっとみてきた。元の息子を返してほしい。謝ってくれないと、息子は前に進めない」(柏崎智子)
【解説】いじめ防止法の「重大事態」 認定しないケースが全国で頻発している
多くの子どもを救えなかった反省から8年前に制定された「いじめ防止対策推進法」。さいたま地裁の判決は、その重さを再確認させた。教育現場が思い込みや無知によって法にのっとった対応を怠ることは許されないことを明確に示した。
いじめ防止法は大津市の市立中学校でいじめられた男子生徒が自殺した事件をきっかけに、2013年に施行された。見逃しを防ぐため、いじめを、受けた本人が「心身の苦痛を感じているもの」と幅広く定義。さらに命や財産にかかわる事案や、おおむね30日以上の不登校が続いた場合などは「重大事態」と捉え、速やかに調査するよう学校や教育委員会に求めている。
しかし、この法律が実際の学校現場で必ず守られているとは言い難い状況だ。元生徒の代理人の石川賢治弁護士は「重大事態を認定しないケースは各地で頻発している」と語る。
元生徒の母親で全国からいじめ相談を受ける森田志歩さんが全国の教職員に実施したアンケートでも、いじめ防止法のガイドラインなどに「必ず従うべきだ」という回答は6割にとどまり、4割弱は「内容による」と答えた。さいたま地裁の裁判でも、川口市はいじめの定義を巡り「欠陥がある法」と主張し、従わなくてよいとする根拠の一つにした。
NPO法人「ストップいじめ!ナビ」の理事で弁護士の小島秀一さんは、今回の判決を「法律どおりに対応するのは当たり前のことだが、それが明確に判決で示され、他の自治体へも警鐘になった」と評価した。
この「当たり前」を争った裁判は3年半に及び、元生徒は心的外傷後ストレス障害(PTSD)を悪化させている。市はこれ以上解決を長引かせることがまっとうな教育のあり方なのか、よくよく考えて対応してほしい。(柏崎智子)
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