小学校でヤギを飼ったら、地域の人に喜ばれた みんなをつなぐ「ヤギニケーション」とは
さいたま市の芝川小学校
世知辛い世の中どこ吹く風で、草を食(は)む。そうかと思えば、エサをくれる人を見分けてメエメエ鳴く。今や各地の大学でヤギを飼育するだけが目的の「ヤギ部」が設置されるほど、人気を集めるヤギ。さいたま市の芝川小学校(大宮区)でも4年前からヤギが飼われている。近所の人がエサの野菜を持ってきたり、親子連れが見に来たり。学校と地域をつなぐ「ヤギニケーション」が生まれている。
時々放牧、花壇の雑草をモグモグ
ヤギを飼おうと発案したのは、芝川小の元PTA会長、画家の岡野友敬(ともたか)さん(43)だ。現在いるのはサクラ(メス)、カエデ(オス)、娘のミルク。つい最近、ふわふわの赤ちゃんが2頭生まれた。
ヤギたちは岡野さんの軽トラの音を聞き分け、「エサをくれ」とすり寄ってくる。柵の扉の取っ手をくわえて器用に外し、すきあらば脱走しようとする。「ネコなみに懐くし、賢いんです」と岡野さんは笑う。
時々学校の敷地内に放され、花壇に突進してお気に入りの雑草をモグモグ。勢いよくおしっこをしたかと思うと、ふんをポロポロ…。その気ままさは見ているだけで和む。
児童の親が発案「世話もします」
きっかけは高校生になる岡野さんの長男(15)が芝川小に通っていた時だった。学校の正門を入ってすぐの目立つ場所に飼育小屋がある。「それなのに最後はウサギ1匹だけになって何だか寂しかった」。先生たちは忙しく、なかなか動物の面倒を見られない。それなら「世話は自分たちでする」と学校に相談し、飼育の承諾を得た。
ヤギに決めた理由は、たまたま友人が飼っていたからだという。「地域の人からもかわいがられていて、いいなあと思った」。友人知人に声をかけ、「ヤギ部」を結成。知人からサクラとカエデを譲り受けた。
岡野さんは毎朝7時半すぎ、地域の子らの登校を見守りがてら、近くの土手までヤギを散歩させ、草を食べさせる。夕方はエサやりや小屋の掃除も。今や近隣住民も強力な助っ人に。近くに住む武政道雄さん(77)は連日、土手で刈った草を袋に詰めて訪れる。「退職して家にいると酒ばっか飲んじゃうからね」とニヤリ。熊手でヤギの背中をかいてやっては「これが気持ちいいんだよな」と破顔する。
不登校気味の子がエサをやりに
見学者も絶えない。取材時は中平橙里(なかひらとうり)くん(6)がキャベツの葉を食べさせていた。これも近隣の農家のお裾分けだという。父親の成昭さん(36)は「息子は春から別の小学校に通うんですが、保育園の友達に聞いてたまに遊びに来ています」。学校の安全対策が叫ばれる昨今だが、岡野さんは「侵入者を警戒するといっても、門を閉ざして警備員をつけたところで限界がある。ここはヤギがいてしょっちゅう地域の人が出入りするから、むしろ見慣れない不審者を見つけやすいのでは」と言う。
かつて「不登校ぎみだった子がエサをやりたくて学校に来るようになった」と当時の校長に感謝されたこともあったという。「まあ、ヤギのおかげかどうかわかんないですけど。僕にとっては、ヤギって面白い、くらいの気持ちです」。そう言いながら岡野さんが首のあたりをかいてやると、ヤギは気持ちよさそうに目を細めた。
なるほど!
グッときた
もやもや...
もっと
知りたい
1988年から3年間,水戸市の県立高校で講師をしていました。「自然愛好部」の顧問がやぎを飼っていました。畑や田んぼの畔に杭をおいてはなしておくと,雑草を食べてくれるので周囲の農家からは重宝がられていたようです。生徒からは「ヤギ」と呼ばれ,愛嬌を振りまいていました。私がバス停でバスを待っているときに,遊んであげていたことを思い出しました。