「女の子たち風船爆弾をつくる」作者・小林エリカさん「どんなに小さくても『抵抗』を続けることで…」

(2025年3月8日付 東京新聞朝刊)
 

「身近な学校の生徒たちが兵器をつくっていたことに驚いた」と話す小林エリカさん=東京都渋谷区で

インドの女性たちの夢を生き生きと描く絵本「わたしはなれる」を翻訳した作家・アーティストの小林エリカさん(47)は、太平洋戦争末期に兵器製造を強いられた日本の女学生らを描く小説「女の子たち風船爆弾をつくる」(文芸春秋)などでも知られる。時代や制度に縛られ、弱い立場にある少女たちに関心を寄せる理由や、作品執筆の原動力を尋ねた。

祖母や母はどんな世界を生きたのか

 「なぜここに生まれ、世界はなぜ今こうなのかという疑問を常に抱いている」ー。そう話す小林さんが紡ぐ物語は、女性や少女を主役にすることが多い。自分が子育てや仕事に忙しく生きる同じ世界の違う場所では戦争が起き、人が殺される。起きた出来事や地域、世代で異なる生き方を不思議に思ったのが起点。「祖母や母はどのような世界を生きてきたのか考えることが多いので、どうしても女の子のことを描くことが多いのです」

「なぜここに生まれ、世界はなぜ今こうなっているのだろう」その思いが書くことの起点。

名前の残らなかった少女たちを描く

 昨年出版され、大きな話題を呼んだ「女の子たちー」は、戦争末期に動員され兵器造りを担った女学生を中心に据えた。主舞台は閉鎖され、兵器工場となった東京宝塚劇場。戦況や歌劇団の当時の活動も膨大な資料を引いて描かれる。

 以前、第2次世界大戦を描こうと取りかかってみると、史実に登場する男性名ばかりがあふれた。「祀(まつ)られる『英霊』に対し、死んでも『数』でしかなかった人は何を思っていたのだろう」と、今回は亡くなった女学生の名前や学校名を登場させ「少女たちの歴史戦争小説」を目指した。当時の戦争指導者は「イタリアで元帥だった男」などと名前を排される一方、少女については「帰り道(校則で禁止されている)映画を見た。佐野さんの家は日比谷映画劇場のすぐ隣にあるみつ豆屋」などと生き生きとした暮らしぶりが描かれる。

書影

「女の子たち風船爆弾をつくる」(文芸春秋)

「知らされなかったことへの抵抗」

 風船爆弾は和紙をこんにゃくのりで貼り合わせ、爆弾を積んだ気球。実戦に投入され、米本土を無差別爆撃し民間人6人が犠牲になった。「今も見かける身近な学校の生徒たちが、そう遠くない昔、風船爆弾を作っていたことに驚いた」という小林さんは7年ほど前、製造に関わった当時の女学生が書いた私家版の本と出合う。制服が国民服に替わり、青春を武器製造に充てて自分が作ったものが人を殺傷したと知ったのは戦後40年もたってから。著者の南村玲衣さん(故人)に出版の動機を尋ねると「知らされなかったことへの抵抗です」と話したという。

書くことで誰かの人生を変えられる 

 人生を自分で決められない時代がそこにあった。執筆中、小学校6年生までしか学校に通えず、16歳で東京に出てきてお手伝いさんとして働いた祖母を少女らと重ねたという。「読み書きできず、記録を残さなかった祖母の日常も貴い時間だったと思う。歴史としては残されなかった出来事も、書き記すことで次の世代に手渡していければ」

 書くことで、誰かの人生を変えることができる。あったはずの一人の生をなかったことにしない。それが大きな「抵抗」だ、と力を込める。「社会や学校、家庭の中で少しずつ『抵抗』をしてくれた人たちのおかげで、今の私という存在がある。どんなに小さくても『抵抗』を続けることで、未来も社会も変わるはずだと信じています」。

作家・アーティスト 小林エリカ

1978年、東京都生まれ。〝放射能〟の歴史をひもとき、その存在を問い掛ける小説「マダム・キュリーと朝食を」で芥川賞・三島賞候補。他に、同テーマのコミック「光の子ども」、小説「トリニティ、トリニティ、トリニティ」、「親愛なるキティーたちへ」、「彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!」など。「女の子たち風船爆弾をつくる」で、2024年毎日出版文化賞受賞。

 

筆者 長壁綾子

写真1988年、群馬県生まれ。2018年より毎週「えほん」のコーナーで新刊の絵本を紹介している。また、絵本、児童書について取材しており、作家のみなさんが作品に込めた思いを伝える。暮らしの中でできる防災の工夫も取材テーマの一つ。

 

 

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