荒川区のガチな保育園引き渡し訓練 霞が関から約10キロ、歩いて迎えに行ってみた 9.1防災の日

 9月1日の防災の日に合わせ、荒川区内の全ての認可保育園などで2日、引き渡し訓練があった。「15時45分に都内で震度6強の直下型地震が発生」という想定で、保護者は16時に職場や自宅を出発するというもの。荒川区民の記者(35)は、保育園の先生から「歩いて参加される方もいるんですよ」と聞き、電車が止まった想定で、震災を想像しながら歩いてみた。
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意気揚々と職場を出発する記者

念には念を入れたフル装備で 

 グーグルマップで調べると、職場から保育園まで9.7キロ、2時間18分。2時間も歩いた経験はないので、18時15分の通常保育終了時間に間に合わせるため、早めに出発することにした。東日本大震災の夜に、横浜まで約35キロの道のりを歩いた先輩記者によると、パソコンは置いていったそうで、たった10キロだが私も置いていった。

 装備は、手厚くした。リュックに500ミリリットルの水と紙パックのジュース、タオル、ノートや財布などで計3.5キロ。出産から3年がたっているが、もうヒールのある靴は履かなくなったので、日ごろから履いているスニーカーに、ランニング用に買った(ほぼ使っていない)かかと部分が分厚い靴下、毎日持ち歩いている日傘だ。こんな靴下を毎日はくわけではないので、災害用として会社に1足置いておくことにする。

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かかとを守る靴下とスニーカーのフル装備

 出発時間が近づくと、果たして時間内にたどり着けるのか、不安が込み上げてきた。ルートは、隅田川沿いと東京メトロ日比谷線沿いと2つあった。川沿いを歩けば気持ちがいいだろうなあと思ったが、これは訓練。災害時に川沿いを歩く人はいないだろう。日比谷線沿いを選んだ。いつでもギブアップして電車に乗れるように、という打算もあった。14時50分、いよいよ出発。

災害時にタクシーはつかまるか 

 方向音痴なので、常にグーグルマップを開いていないと不安だ。早速、最初の信号で行く道を間違えて、戻った。広い道路にはタクシーがたくさん走っているし、休憩しているタクシーも何台かある。災害当日は、タクシーはつかまらないかもしれないと想像する。

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平時にタクシーを見つけるのは簡単だが…

 東日本大震災の夜、記者の所属する東京すくすく部の上司(当時は政治部記者)は、自宅へと歩いて出発したが、運よくタクシーを拾えたそう。道行く人に行き先を告げて相乗りしないかと誘ったが、渋滞でのろのろ運転だからか誰も乗らなかったという。一方、横浜まで歩いた先輩は、タクシーやバスなどは乗れず、単身の客が悠々と座るタクシーを見て「非常時は行き先の札を掲げ、乗り合いにすればいいのに」と感じたことをルポで書き残している。

 15時15分、皇居前。汗が吹き出してくる。タオルを首に巻く。この日は、台風一過で見事に晴れてしまった。気温30度超え。風が強くて日傘が飛ばされそうになるが、涼しく感じられるのはありがたい。

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聞き覚えのない駅名が出てきて不安

 15時30分、新御茶ノ水駅(千代田線)と小川町駅(新宿線)が見えた。日比谷線の駅でないことに不安を覚えつつ、グーグルマップを信じるのみ。間もなく、「AKIHABARA」の文字が見えた。以前、住んだことがある街。上野までは地図を見なくても進める。相変わらずの人混みで懐かしく思うと同時に、これが災害時だとどんなパニック状態になるのだろうか。

全園での引き渡し訓練への思い 

 台東区の保育園の引き渡し訓練は、通常通りの時間に迎えに行き、親子の名前を書いてラミネートした「引き渡しカード」を先生に渡すだけだった。比べて、荒川区の訓練は本格的だ。発災想定の15分後の16時に出発するだけでなく、災害用伝言ダイヤル(171)の利用も促している。訓練を企画する荒川区子ども家庭部保育課によると、いつから始めたかの記録はないが、少なくとも40年以上前から実施しているという。

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「AKIHABARA」の文字を見てほっとした

 なぜここまで細かい設定なのか。担当者は「ここまでやる必要はないのでは、という声もありますが…」としつつ、「できるだけリアルな想定の訓練でないと、伝言ダイヤルを使う機会はないと思う。万が一の時にこう動けばいいのか、と意識しながら訓練に臨んでほしい」と説明。「日中は、保護者がばらばらの場所で仕事をしている中で、地震があった時にどこで待ち合わせするかなど、会話をするきっかけにもしてほしい」と力を込める。

 この日は、区職員も各園に出向き、災害状況を確認する。保育園もファクスでけが人や施設の損壊状況を報告するという。

 おかげでわが家は、私が保育園に子どもをピックアップに行き、自宅マンションに帰り、なんらかの事情でマンションに入れない場合は、保育園の前にある小学校に集合することを初めて確認する機会が持てた。

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初めて利用した災害用伝言ダイヤル

災害用伝言ダイヤル(171)も活用

 15時58分、右の足首が少し痛い気がする。

 16時を過ぎると、災害用伝言ダイヤル(171)で、保育園が残したメッセージが聞けるというので、かけてみた。「171」→「2」(暗証番号なしの再生)→「保育園の電話番号」→「1」(プッシュ式電話機の場合)を押すだけでとても簡単。「子どもたちは、全員無事で、ホールに避難している」と確認できた。

 16時30分、足首がさらに痛む。疲れると甘いものが食べたくなるタイプなので、持ってきた紙パックのジュースが体にしみわたった。災害時に持ち歩く水分は、水だけでなく、私には甘いジュースも必要だ。

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甘いジュースに救われた

 水分がなくなると困るので、水はちびちび飲んだ。トイレに行きたくなることはなかったが、道中にはスーパーや警察署があり、トイレは借りられそう。自動販売機は、災害時に無料提供してもらえる災害対応自販機は1台も見つけられなかったなあ。そんなことを考えているうちに、いよいよ最寄り駅が見えてきた。

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災害用自販機は見つけられなかった

予測より早く2時間で完歩できた  

 17時00分、保育園に到着! 1万9518歩(消費カロリー1630キロカロリー)歩いた。会社と自宅の往復だけの日だと7000~8000歩なので、倍以上だ。想像していたより、平気だった。いつものインターホンのあるドアから入るのではなく、園の門が開放されていた。ホールに向かうと、ヘルメットをかぶった先生たちは、ピリピリした空気の中、引き渡しの確認をしていた。訓練とはいえ、先生たちの気迫が伝わってきた。2時間歩いて初めて座り、園までかかった時間を報告すると、気がゆるみ、へなへなっとした。

 防災ずきんと保育園のリュックを受け取ると、「ドーナツ食べたい!」という娘とお店へ。「家に帰るまでが訓練」とはいかなかった。店内から「171」で夫のスマホに「2人とも無事だよ」とメッセージを残して訓練終了。

 スマホの充電は、残り41%。このあと、自宅に帰り、停電していると想像すると、モバイルバッテリーは持っていないといけない。基本中の基本で恥ずかしいが、週末に買いに行こうと思う。

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さすがに疲れが見える完歩後

発災直後の帰宅は避けよう

東日本大震災があった2011年3月、私は大学の卒業旅行でスペインの友人宅にいた。テレビをつけた友人から「YUKI!日本が大変なことになっている」と言われて見ると、津波で家や車が流される様子が映っていた。見慣れない光景に、「私の行ったことのない国の映像では」との思いが離れず、日本のニュースだとすぐには受け入れられなかった。ただ、涙が出てきたのはよく覚えている。

震度3以上の揺れを体験したことがない私は、夫と震災当日にどう動くかを相談したこともなかった。メディアで防災の大切さを伝える立場にありながら、危機感が薄いことを後ろめたく思っていた。引き渡し訓練で、初めて震災当日のシミュレーションができた。1つ終わってから後悔したのは、スマホの充電を節約するために、地図を印刷しておくべきだった。

同じ園の保護者に2時間歩いてきたことを告げると、びっくりされた。「私も歩いて迎えに行ってみなくちゃと思いつつ、なかなか…」「勤務先は神田なので、今の話だと歩けそうですね!」と背中を押せた?ようで、歩いたかいはあっただろうか。ただ、本当に首都直下型地震が起きた場合、道路が寸断され、消火活動ができない火災があちこちで起きるとされる。2時間ではとてもたどり着けないだろう。

そもそも東京都は、東日本大震災の翌年に都帰宅困難者対策条例で、安全を確保するためむやみに移動しないよう定めている。一斉に帰宅してしまうと、混雑により救急車が通れなかったり、けがをしたりする危険性もあるとして、72時間後の分散帰宅を呼びかける。それでも幼い子どもの安否が気がかりな保護者は多いだろう。

子連れ防災の啓発に取り組むNPO法人「MAMA-PLUG(ママプラグ)」の理事・冨川万美さんは、「発災直後は危険だし、人命救助の妨げにもなるので、まずは職場にとどまってほしい」と話す。電車や車で職場に通う保護者は、「すぐには迎えにいけないかもしれない」と覚悟して、園の対応を確認しておくことと、子どもを一緒にピックアップしてもらえるような第三者と関係性を築いておくことを勧める。「状況が落ち着いたら、事情がある人から優先的に帰宅していくことになるので、職場に迎えに行きたい事情を説明しておくことも必要だ」と話す。

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