気象予報士・渕岡友美さん 3児の子育てが広げてくれたキャスターとしての幅 週5日の「おはよう日本」をへて

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仕事と3児の子育ての両立について話す、気象予報士の渕岡友美さん=東京都千代田区で、川上智世撮影

 NHK総合「おはよう日本」で7月から13年ぶりに気象情報を担当している気象予報士の渕岡友美さん(45)。当初は近藤奈央さんの代行として11月までの登板予定だったため、8月に公開したインタビュー記事やSNSには、11月末から12月初めにかけて渕岡さんとの別れを惜しむ声が多く寄せられました。引き続き、週の後半を中心に同番組を担当することが決まった渕岡さんに、双子を含め小学生3人を育てながら週5日の担当を休まずに続けた5カ月間と現在の心境を聞きました。

復帰に夫は絶句「またあの生活になるの?」

-13年ぶりの「おはよう日本」、お子さん3人を育てながらの復帰に迷いはありませんでしたか。小学生だとまだまだ手がかかる時期です。

 上の娘が5年生、下の双子が1年生になるタイミングで話をいただきました。幼稚園から小学校に上がり、少し手が離れて楽になった感覚があります。小学生になっていたからこそ引き受けることができたので、本当にタイミングに恵まれました。

 2008年から約3年半、「おはよう日本」の気象キャスターを務めていたので、その生活がどれだけ大変なのかはわかっていました。しばらくは週2~3日のペースで働こうと考えていたため、11月までの5カ月間という期間限定とはいえ、月~金で仕事も育児もできるかな、という不安はありました。

 でも、「おはよう日本」は自分にとって思い入れのある番組ですし、またそこに戻るというのも何かの巡り合わせだな、やりたいな、と。でも1人で頑張って何とかなる話ではありません。まずは、夫と両方の両親に相談しました。出張を調整してもらえるか、困ったときに助けてもらえるか。

 夫は絶句していました。以前、番組を担当した時は、夫が仕事から帰ってきたら、入れ違いで私が出勤するという生活だったので、「またあの生活になるの?」と思ったんでしょうね。会社員の夫は出張が多く、だいたい月1回、時には行き先が海外だったり2週間くらいになったりすることもある仕事なのですが、「この期間、みんな協力してね」とお願いしました。

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-お子さんたちの反応はどうでしたか。お子さんたちにとっては、テレビで渕岡さんを見るのは初めての経験でした。

 騒いでしまうといけないので、子どもたちには直前に伝えました。ラジオで天気予報の仕事はずっとしていましたし、今回テレビに移るけれど、気象情報を伝えるという意味では私の中では同じ。「今度はテレビでやるよ」と自然な流れで伝えました。

 とはいえ、子どもたちはびっくりしていました。テレビは大好きなので「そこでお母さんが天気予報するの?」と。朝はテレビを見る習慣がなかったのですが、私が出ることもあって「おはよう日本」を見始めました。午前5時から7時台までの放送中、私は6回登場するのですが、主に7時台から、早い子は6時台から見ています。

 子どもたちは私の出る気象情報コーナーを時計代わりにして、「お母さんのこの出番を見たら家を出る」と登校しているようです。時々、突発的なニュースが入ると気象情報が飛んでしまうことがあるのですが、そういう時は「あれ、お母さんが出ない」「多分○○のニュースが入ったからだよ」「あ、もう学校に行く時間だ!」と慌てながらもきょうだいで会話をしているそうです。

-前回のインタビューで、深夜0時半に起き、午前2時前にNHKに入ると話していました。朝の登校準備は渕岡さん不在で進めているのですね。

 朝は夫に一任しています。ごはんの準備も洗濯やごみ出しもお任せです。小学1年生の娘も自分で髪を結んで登校しています。

 この12月から週の後半の担当になり、朝に家にいられる日が増えました。安心するのか、子どもはやはりうれしいようです。1年生の娘は一番甘えん坊なので、一番喜んでいました。髪の毛を私に結ってもらえるのも大きいようです。

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 子どもたちはみんな、それなりに頑張ってくれていると思うんです。朝、私がいるようになって甘えが出てきたのか、「今日は学校に行きたくない」とぼやく子もいて、夫は「今までそんなこと言ってなかったよ」と言っています。私がいない方がみんなしっかりするのかな、と思ったりもしますが、でもそういう言動が出てくるのはリラックスしているということなので、まあいいか、と受け止めています。

13年ぶりの復帰 でも仕事への体力はついた

-テレビの現場に復帰し、気象キャスターとしての仕事の面ではいかがでしたか。

 以前「おはよう日本」を担当していた時よりも経験値が上がっていたので、思っていたよりもストレスなく、気持ちに余裕を持ってできるようになりました。気象に関しては、天気図を見たり勉強会に参加したりというのはずっとやってきましたし、ラジオでの放送にも出続けてきたので、自分の中で自信はついていました。おはよう日本に復帰し、仕事への体力がついたことを実感しています。

 この仕事は、年齢を重ねたからこそ伝えられることが結構あります。ただ天気を伝えるのではなく、季節感が出るように旬の食べ物や行事を話題にしたり、生活に根ざした洗濯や服装、体調管理の情報を入れたり。結婚して子育てをする中で、日常生活に密接に関わることが増えました。自分の年齢と目線が変わり、実体験をもって伝えられる幅が広がったと感じています。私の親世代の方々やママ友との会話も、仕事の大きなヒントになります。

 都内だと私も含めて自転車で子どもの送迎をする人も多く、雨や風の影響を受けますし、この寒さで手も冷たくなります。暗くなる時間が早くなって危ないよ、イチョウの葉っぱが滑りやすいよと、いろいろ伝えてあげたいことがあります。洗濯物もこういう時間に干すといいよ、干す場合はこうするといいよ、午後は雨が降るから外干しは注意して、と自分もやっているから想像できることが増えました。洗濯物がぬれてしまった時のショックは大きいですよね。

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-結婚・出産・育児などを通して日常生活の現場に立ち続けた経験が、気象情報を伝える上でも生きているのですね。

 2008年から担当した当時は、どちらかというと天気を伝えることに一生懸命になり、予報をいかに正しく伝えるかということに集中していました。もちろんそれは基本なのですが、今は、視聴者がどういう情報を見たいか、どういう気持ちで見ているか、ということも考えられるようになってきました。そうした余白を大事にして、この気象情報の時間を楽しく興味を持って見てもらいたいな、という思いでやっています。

子どもから離れること、見守ることを大事に

-12月からは近藤さんとの2人体制になりました。変化はありますか。

 もし子どもが熱を出したりしたら、カバーし合っていいよ、と言われています。何かあったときには代わってもらえるというのは非常に心強いです。この5カ月は、私が体調崩したらどうなるんだろう、というプレッシャーも大きかったので。

 この期間、何度か子どもが熱を出して学校を休みましたが、何とか番組に穴をあけず走りきることができました。出勤を遅らせた夫が午前10時まで子どもをみて、帰宅した私が病院に連れて行くという交代制にして、病欠の子が家で1人にならないようにしていました。

 でも、こうして考えると「おはよう日本」のこの時間帯の仕事は、ある意味、一番子育てと両立しやすいかもしれません。子どもを育てていると夕方から夜にかけてが一番することが多いですよね。夕飯にお風呂、宿題や翌日の準備…。わが家の場合は寝る前のトランプも欠かせません。そこに私がいないというのは、子どもも大変だし、両親に任せるのも負担が大きい。私はもともと夕方や夜はほぼ担当したことがなく、朝を中心に仕事をしてきました。朝に縁があるのかもしれませんね。

-2014年に第1子を出産後、お子さんと過ごす時間にウエートを置いてきました。子どもと暮らす中で大事にしていることはありますか。

 その年齢でしかできないことがあると思うので、それを大事にしてあげたいと思っています。ただ、2017年に双子が生まれてからの1、2年は、子どものために何かしようとも思えないくらい本当に大変でした。もう毎日を乗り切るだけが精いっぱいで、子育ての理念も何もありませんでした。子どものために何かしてあげたいという気持ちが芽生えてきたのは、双子が3歳頃になってコミュニケーションが取れるようになり、幼稚園に入るころでした。自分を取り戻した感覚がありました。

 双子は公園が大好きで、とにかく走り回っている時が一番幸せそう。その時間をたくさん取ってあげようと、毎日毎日公園に連れて行っていました。実は上の子の時は自分が大変だからとあまり連れて行くことをしなかったので、その悔いもありました。

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 子どもに私の考えを押し付けたり、上から言ってしまったりすることが多かったという反省もあって、双子が幼稚園に上がる頃からは、子どもたちの意見を聞くことを心がけてきました。

 服を選ぶのでも何でも、「自分で考えて、自分で決めて」と伝えています。(おそろいの服を着る)双子コーデに憧れたのですが、2人ともそれぞれの道を行く感じで、同じ服を着ることはあまりありませんでしたね。朝、自分で卵焼きを作りたいと子どもが言えば「どうぞ。やってみよう」と。それができるようになったのは、こちらにも余裕が出てきたここ数年です。

 以前は全部把握したいという気持ちがありましたが、今は、離れること、見守ることを大事にしています。週末の習い事は送迎も含め夫と分担していて、子どもたちものびのびしているように思います。

 見守るのは難しいですが、私がいろいろ言うと逆に足を引っ張りそうなので、手も口も出しすぎないように気を付けています。親の誘導ではなく、子どもの力で好きなものや好きな分野を見つけていってほしいです。何を見つけてきてくれるか、すごく楽しみにしています。

-渕岡さんの子育てと仕事のバランスもシフトチェンジしていく局面を迎えているのでしょうか。

 正直、自分自身のキャリアプランはあまり考えたことがないんです。確約されたものは何もなく、自分がこうしたいと思っても、その通りにいく世界ではありません。子育ても同様で、予期しない課題が次々と出てきますから、一つずつ受け止めていくのみ。置かれた状況で、その時その時を頑張ってきました。目の前の仕事に一生懸命向き合うことが、次の何かにつながるはずだと思って日々、カメラの前に立っています。

渕岡友美(ふちおか・ゆみ)

 1979年生まれ、横浜市出身。慶応義塾大総合政策学部卒業。出版社勤務を経て2004年4月にNHK前橋放送局で契約キャスターになり、2007年4月からNHK首都圏「ゆうどきネットワーク」でリポーター。2007年3月に気象予報士の資格を取得、2008年4月から「おはよう日本」で気象キャスターを務める。夫の転勤のため2011年9月にキャスターを辞め、チリに移住。2012年4月から帰国するまでの5年間、NHKラジオ第1「ラジオ深夜便」でチリの情報を月に1度リポートする。2022年5月にNHKラジオ第1「マイあさ!」(土日)代行で気象キャスターに復帰。2023年4月から毎週金曜にNHKラジオの昼間の気象情報を担当した。2024年7月から「おはよう日本」の気象情報を担当中。南気象予報士事務所所属。2014年にチリで長女を、帰国後の2017年に双子の男女を出産。

【8月に公開した渕岡友美さんへのインタビュー記事は、こちらから読むことができます】

双子含め小学生3人を子育て中の気象予報士・渕岡友美さん 13年ぶりに「おはよう日本」に復帰、午前0時半起きの毎日

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  • 匿名 says:

    ご自分の生活を大切になさって頂きたい。男女関係なく仕事は全てではない。

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