広がる冒険遊び場「プレーパーク」 泥遊びや工作、落ち葉プール… 禁止なしで子どもたちがやりたいことをできる場に

 子どもたちの「やりたい」を大切に、自分の責任で自由に遊ぶことができるプレーパーク(冒険遊び場とも呼ばれる)という遊び場が全国で徐々に広がりをみせています。身近な公園でボール遊び禁止などの規制が増える中、子どもたちが伸び伸びと体を動かせる貴重な遊び場として注目されます。現代の子どもを取り巻く環境とともに紹介します。
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火をおこしてお料理(羽根木プレーパークで)

どんなところ?

子どもの興味のままに、禁止事項をなるべく設けず思いっきり遊ぶことができる場所。それぞれのプレーパークによって異なるが、泥遊び、工作、ロープのぶらんこ、落ち葉プール、スライダー、たき火などができる。公園や河川敷、私有の空き地などの許可を得て設置され、子どもたちが遊ぶ場所を作りたいと願う地域の大人らが運営を担う。参加者の年齢制限はなく、ほとんどのプレーパークが無料で利用できる。

 日本初の常設プレーパーク、東京都世田谷区の羽根木プレーパーク。秋の晴天の日、午前10時の開始とともに、ここを遊び場にしている自主保育「自主ようちえん ひろば」のメンバーや近所の保育園の子どもたちが集まってきました。それぞれに工作やおままごとなど、自分のやりたいことをするため、散らばっていきます。

 「ここには禁止がないからいいんです。子どもが自分のやりたいことをやりきれるし、子どもをみる側も『ダメ』と言わなくて済むから気が楽」と園児を連れてきた認可外保育園「ミラナーサリー」園長の田中紀子さん。少し肌寒さを感じる日でしたが、子どもの「水遊びしたい!」に応え、手作りのプールに水張りを開始しました。別の場所では保育園児が大きなシャベルで穴掘りに挑戦。学校の休校日で訪れていた小学生は竹とひもを使って小屋に登るための道具を手作りしていました。

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お外でわにわにパニック!?

 羽根木プレーパークができたのは1979年。その後、徐々に数が増え、冒険遊び場づくり活動団体の調査によると、2020年時点で全国に485団体あります。しかし、「数はまだまだ足りていない」とNPO法人「日本冒険遊び場づくり協会」代表の関戸博樹さん。「都会では空間、時間の余白がなく、田舎では少子化で近所に子どもがいないなど、子どもが遊ぶこと自体が放っておいたら崩壊する状態」と危機感を募らせます。また、多くのプレーパークで人材不足や金銭面で運営は厳しく、バザーで資金を得るなどしてかろうじて活動を続ける団体もあります。

 神戸女子大学家政学部教授でIPA(子どもの遊ぶ権利のための国際協会)日本支部代表の梶木典子氏は「これまでボランティアで成り立っていたものが、昨今の経済状況から働きに出る人が出てくるなど、このままでは人材不足で閉鎖に追い込まれるところも出てくる。さらなる行政支援が必要」と提言。関戸さんは「子どもの発達に遊びはとても重要。プレーパークのような場が今後、より必要になっていく」と話しています。

IPAとは

子どもの遊ぶ権利のための国際協会。International Play Associationの略。子どもの遊ぶ権利を保障することを目的にしている。現在、イギリス、スウェーデン、オーストラリア、香港など約50カ国に会員がいる。日本支部は1979年に発足。

発祥はデンマークのコペンハーゲン

プレーパークは今から約80年前、北欧で誕生。欧州、北米と広がり、60年代に世界的団体が発足しました。

  • 1943年 第2次世界大戦のさなか、子どもたちに元気を取り戻してほしいと考えた人たちが、デンマークの造園家ソーレンセン教授の考えに沿って、コペンハーゲン市に「エンドラップ廃材遊び場」を作る
  • 1945年 「エンドラップ廃材遊び場」を訪れたイギリスの造園家、アレン卿夫人が、その思想を持ち帰ってロンドンの爆撃跡地に冒険遊び場をつくる。世論を喚起して冒険遊び場運動を盛り上げる
  • 1950年 イギリスで大きな流れとなった冒険遊び場運動が、スウェーデン、スイス、ドイツ、フランス、イタリア、アメリカ、オーストラリアにも広がる
  • 1961年 ヨーロッパで子どもの遊び場作りを進めていた人たちを中心に、遊びをよりよくしていくことを目的にIPAを設立
  • 1973年 建築家で都市計画が専門の大村虔一(けんいち)・璋子(しょうこ)夫妻がアレン卿夫人が書いた本に感銘を受けて翻訳。書籍「都市の遊び場」(鹿島出版会)として出版
  • 1979年 東京都世田谷区に日本初の常設型の冒険遊び場「羽根木プレーパーク」が開園。IPA日本支部が発足
  • 2003年 NPO法人日本冒険遊び場づくり協会が設立される
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高いところは気持ちいい

子どもには遊ぶ権利がある

そもそも子どもには、遊ぶ権利があるってご存じですか?1989年に国連総会で採択し、日本は1994年に批准された子どもの権利条約31条で明記されています。その条文をご紹介します。

第1項 全ての子どもには、休む権利、レジャーの権利、遊ぶ権利があり、年齢に応じてレクリエーションを楽しみ、文化的、芸術的活動に自由に参加する権利がある

第2項 締約国は、子どものこれらの権利を尊重し、どの子どもも文化的、芸術的活動やレクリエーション活動、レジャー活動に参加できるように環境を整えなければならない

訳:一般社団法人TOKYO PLAY代表理事 嶋村仁志氏

遊びは自分を育てるための挑戦

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関戸博樹さん(本人提供)

◇NPO法人 日本冒険遊び場づくり協会代表 関戸博樹さん

 全ての人が通過する子ども時代。人は生まれたばかりは未熟ですが、遊ぶことで自分を育てるための挑戦をしています。この本能的な発達欲求を基にした営みが「子どもが遊ぶ」ということなのですが、大人が安心するような育ちの結果が見えにくいのです。つい大人は良かれという気持ちから学習の機会や習い事などを与えたくなるのですが、大人が安心する結果が見えやすいスキルの獲得や学力の向上は人生を幸せに生きることには直結しません。遊びを通じて自分を知り、人生を手作りできるように育った子どもたちは「こんなふうに生きていきたい」という意欲を持ち合わせており、こういった子どもたちを社会全体で育てていくことが重要なのです。

 しかし、社会の変化の中で、子どもが遊び育つことができる環境は失われています。環境問題として認識を改めて、地域の中に子どもが遊び育つことができる場所を大人たちが保障していく必要があるのが現代です。そんな中、プレーパークは国内で450団体以上(2020年/第8回冒険遊び場づくり活動団体活動実態調査)が活動していますが、子どもたちの日常的な遊び場として常設(週3日以上)としての開催はその2割を下回る程度に留まり、十分とは言えません。

 プレーパークのような子どもが自由に遊べる場所を地域の中につくることで、地域の大人は立場を超えてつながり、希薄になっていた地域の関係性は再構築されます。つながりを取り戻した大人たちが遊び心を持ち寄ることによってこそ、子どもが自分で遊びを手作りできる余白を残した挑戦できる環境をつくることが可能になります。子どもに限らず、大人にとっても寛容性のある地域社会を取り戻すためのヒントは、実は遊びの場づくりの中にあるのではないでしょうか。

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