〈古泉智浩 里親映画の世界〉vol.13『狩人の夜』幼い2人を絶対に守る、その覚悟に脱帽
vol.13『狩人の夜』(1955年 アメリカ/7歳くらいの男の子と5歳くらいの女の子/グループホーム)
兄のジョンと妹のパールが自宅の庭で遊んでいると、車が猛スピードで突っ込んできます。車からは彼らのお父さんが降りて来て、手には1万ドルの札束を握りしめています。お金をある場所に隠して、2人には誰にも言わないように神様に誓わせます。すると直後に何台ものパトカーと警官隊が現れ、お父さんは地面に組み伏せられて後ろ手に手錠を掛けられます。なんと銀行強盗を働き、2人を射殺して追われていたのです。時代は世界恐慌で街には浮浪児があふれていました。
〈前回はこちら〉vol.12『夕陽のあと』近所の顔なじみが、うちの子の実親だった…
この映画は1955年に制作されたモノクロ映画です。僕は数年前、WOWOWで放送されていたのを録画していました。5歳の養子のうーちゃんがうちに来てから映画を自宅であまり見ることができなくて録画映画がたまってしまい、WOWOWを解約して何年も掛けて今年の3月にようやく見終えました。この映画を見たのは去年の10月。見た先から消しているのですが、気になる作品で、この度DVDを購入して見返しました。
お父さんは獄中で死刑となります。お母さんはシングルマザーとなりジョンとパールを育てていました。ジョンは7歳くらい、パールは5歳くらいでしょうか、はっきりとした年齢は語られませんが、パールは幼稚園児くらいで、オムツはとれています。ジョンとパールと同年齢の子どもたちが、自宅の前の庭の柵のところにやってきて「強盗は吊るされた」といった内容の歌を歌います。銀行強盗と人殺しで死刑になった父親がいた家庭に対し、子どもは露骨です。その子らの自宅では両親が噂していたのかもしれません。
お父さんが死刑になってしばらくしてから、お父さんと獄中で一緒だったパウエル(ロバート・ミッチャム)が自宅を訪ねてきます。自らを伝道師と名乗ります。気だるげなイケメンで、街の女性たちはみなうっとりと彼を見つめます。特に敬虔な女性ほど夢中になり、妹のパールもすっかりなついています。パウエルの目的はお父さんが隠した1万ドルでした。
「お金のことなんだけど、何か知っているかい?」とジョンに向かってパウエルが聞きます。
「お金の隠し場所なんか知らない!」
ジョンは思わず口を両手で隠し、その様子でパウエルはジョンとパールは隠し場所を知っていると勘付きます。しかし2人は神様に誓ったので頑として口を割りません。パウエルに怒鳴りつけられたパールは涙をこぼします。そんな怖い思いをしながらもパールはパウエルを嫌いにならないし、お母さんに至ってはパウエルとの結婚を決めてしまい、ジョンは孤立してしまいます。
しかし、自宅でパウエルが子どもたちにお金の隠し場所を聞き出そうとしているところにお母さんが帰宅。パウエルの目的がお金であると知ります。その夜、お母さんはパウエルに首を切られて車ごと川に沈められてしまいます。このまま家にいたら危険です。パウエルは人を殺すことなど何とも思っていない異常者で、これまでにも何人も殺している連続殺人鬼だったのです。ジョンとパールは家から逃げ出し、川に出てボートに乗り、そのまま川を下って逃げます。パウエルは馬を盗んでどこまでもどこまでも、夜も寝ずに執拗に追い続けます。パウエルは常に低い声で歌をくちずさんでおり、その歌声にジョンとパールはおびえます。
ジョンとパールがたどり着いた先が、川下のグループホームです。パールと同じくらいの幼児から高校生くらいの女の子まで数人の子どもと、おばさん(リリアン・ギッシュ)が鶏を育てて卵を売って暮らしていました。おばさんは実子の、すっかり成人した息子と関係が悪くて、その心を埋めるために身寄りのない子どもを引き取って暮らしていました。おそらく全くのボランティアです。ボートで流れ着いたジョンとパールの薄汚れた身なりを見るやいなや、子どもたちにお風呂の支度をさせて洗ってあげます。彼女は一切の迷いなく即、面倒を見ることにしました。それまで何日もパウエルに怯えながらボートで寝起きしていたジョンとパールにようやく平安が訪れました。
しかし、そんな彼らが暮らすグループホームにもパウエルがやってきます。ジョンはおびえますが、パールは愛着を示しパウエルの足にしがみつきます。おばさんに自らを伝道師と名乗るのですが、子どもたちに聖書を毎晩読み聞かせしている本物のクリスチャンである彼女は一発で偽物であることを見抜きます。パウエルがこれまで伝道師として語っていた内容は本当に薄っぺらで、神や教義も自分に都合よく解釈しているだけでした。ナイフを持ってジョンを追いかけるパウエルに対して、おばさんはライフル銃を向けます。
パウエルは「今晩また来る」と言って立ち去ります。夜になると、おばさんは庭に面した窓の横に椅子を置き、ライフル銃を手にしたまま夜通し番をしているところに、パウエルの歌声が響き渡ります。有名な歌なのでしょうか、その歌声に合わせておばさんも歌います。家の外と中での合唱です。しかし、ところどころ歌詞が違います。これまでずっとパウエルの歌ばかりを聴いていたのですが、おばさんの歌こそが本当の歌詞なのかもしれません。
さて、この後一体どうなるのでしょう。それは見てのお楽しみで!
後半に急に里親映画の展開となるこの映画、グループホームのおばさんの覚悟に圧倒されます。子どもを引き取ることに一切のためらいのないところ、悪党から子どもを命がけで守る決意にも迷いが微塵もありません。子どもに危害が及ぶ存在に対しては殺人も辞さない構えで、即断即決です。
ちょうどクリスマスを迎える時期で、子どもとおばさんの間でプレゼント交換が行われる温かい感じ。行動と佇まいからどんな素性の子どもであっても、何がなんでも自分が守るのだ、という意思が強く伝わります。今なら体罰とされるでしょうが、お尻をぺんぺん叩く様子にも納得がいきます。
僕は里親なので子どもに噛まれた時にあまりの痛さで反射的に頭をたたいたことがあるのですが、それ以外で手をあげたことはありません。ただ、子どもが道路に飛び出してしまうような命にかかわる時にはたたいていいのかな、と思います。幸い、うちの子は車に対する警戒心が強いのでたたかずに済んでいます。
ちょっと話がそれてしまいましたが、子どもが本当に子どもらしく描かれているところがすごくいい映画です。ジョンがしっかりしているのに、自分がお金の隠し場所がどこであるか知っていることを示してしまうような子どもらしさを見せるところもいいですし、パールが悪人であってもパウエルに懐いてしまったり。映画でも小説でも、子どもらしさがうまく表現できていないなと思うことがよくあります。同じように悪人はとことん悪人らしく描かれていて、魅力がすごいです。
◇「狩人の夜」DVD発売中 : 1419円(税抜)
販売元:20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン
©2016 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.
古泉智浩(こいずみ・ともひろ)
1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。
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