〈古泉智浩 里親映画の世界〉vol.16「男はつらいよ」全49作を見て… フーテンの寅さんに父性が芽生えた一瞬 第39作「寅次郎物語」
vol.16『男はつらいよ 寅次郎物語』(1987年 日本/8歳くらいの男の子/旅の同行)
僕はこの国民的映画『男はつらいよ』シリーズを、BSテレ東で毎週土曜日に1本ずつ放送していたのをほぼ1年がかりで49作品通して見ました。この9月に終わったばかりです。途中まで、寅次郎、通称寅さんは両親と別れて、おいちゃん、おばちゃんに育てられた、親戚里親の元で養育されて大人になったとばかり思っていました。産みの母親は大阪にいますが、お父さんはすでに亡くなっています。妹のさくらとは母親が違います。その辺の事情をぼんやりとしか把握していなかったのですが、10月からNHKの土曜ドラマで放送された『少年寅次郎』という山田洋次監督が原作の連続ドラマで明らかになりました。
寅さんの実家は東京の葛飾柴又、帝釈天通りの団子屋「とらや」です。そこではおいちゃん(下條正巳)とおばちゃん(三崎千恵子)と妹のさくら(倍賞千恵子)が働きながら、露店販売をしながら旅を続ける寅さんの時折の帰宅を待っています。産みの母親は、首が座ったくらいの乳児だった寅さんを「くるまや」(「とらや」は40作目から名称が変わっています)の店先に置き去りにします。芸者だった女性で、遊びに来た寅さんのお父さんと恋仲になってしまったようです。実のお父さんは子ども時代の寅さんを邪険にし、今なら事件になるレベルの虐待もしています。そんな寅さんを大切に育てたのが継母でした。
中学生の時点では、実父も継母も寅さんを養育していたのですから、寅さんは親戚里親の元で育ったわけではありませんでした。ただ、寅さんが「里親」的な局面に立たされる作品が2つあります。第14作『男はつらいよ 寅次郎子守唄』と第39作『男はつらいよ 寅次郎物語』です。今回は『寅次郎物語』を紹介します。
シリーズ作品のほとんどで、寅さんは毎回恋をして、恋に破れ、また旅に出るといったおなじみの光景が繰り広げられます。しかしシリーズ後半になると、恋のバッターボックスには積極的に立たなくなります。寅さんは楽しい人物で魅力たっぷりなのですが、相手の女性の全てを引き受けるという気概がないのです。相手から惚れられてうまくいきそうになると途端に引いて自分から終止符を打つこともあります。ずっと見ているとそんな寅さんにイライラしてきます。寅さんは子どもにもほぼ関心がありません。
人は恋をして破れて、また恋をして、うまくいった相手と折り合って生活して子をもうけ、親心を抱くに至るのではないでしょうか。人生や人格にはいろいろな側面があるから一概には言えませんが、こと恋愛や愛情などの対人関係では中学生レベルの寅さん、これはダメだと山田洋次監督も気づいてしまったのか…。潮目が明確に変わったのが第32作『男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎』です。それ以降は積極的に恋をしなくなり、『寅次郎物語』も同様でした。
寅さんが不在の「とらや」に8歳くらいの男の子、秀吉(伊藤祐一郎)が訪れます。秀吉は父子家庭で父親が亡くなる時に、自分が死んだら寅さんを訪ねろと言い残していました。父親は般若の政という渡世人で寅さんの師匠にあたる人物です。小学生がはるばる福島・郡山から柴又にやってきて憔悴しています。おいちゃん、おばちゃん、さくら、特におばちゃんが不憫に思い親身になってケアします。数日後、寅さんが帰宅して、秀吉の実母を捜す旅に出ることになりました。秀吉という名前は寅さんが名付けていたのでした。
秀吉の母親、おふでさん(五月みどり)は居所を転々としており、行く先々で空振りに終わります。子どもを子ども扱いせず、同じ目線で扱うのが寅さん。相手に合わせず、自分のペースで行動するため、「もうちょっと優しくしろよ」と言いたくもなります。それが災いし、吉野の民宿では秀吉が夜中に高熱を出して寝込んでしまいます。
子どもの病気に全く慣れていない寅さんは狼狽して大騒ぎ。すると、隣の部屋に1人で宿泊していた女性、隆子(秋吉久美子)が手助けしてくれます。隆子から「とうさん」と呼ばれ、隆子もタクシーで連れて来たお医者さんに母親として扱われます。事情を説明する暇はなく、そのうち2人は「とうさん」「かあさん」と呼び合うように。秀吉を中心に夫婦を演じるうちに、2人ともまんざらでもない気持ちになります。
翌日、隆子と別れ、寅さんと秀吉はおふでさんの元へ。ようやくおふでさんに会うことができて秀吉を引き渡し、寅さんは2人に別れを告げます。今回も寅さんは父性を抱かないまま終わるのか…。と思っていると、船で帰ろうとする寅さんを秀吉が強く引き止めるのです。すっかりなついていたのです。唐突に「柴又に帰る」と言い出した寅さんも様子が変でした。引き止めようとする秀吉に強い口調で言います。
「いいか、おじさんはな、おまえのあのろくでなしのオヤジの仲間なんだ。いい年をして、おっかさんの世話もみねえ、子どもの面倒もみねえ、そんな粗末な男にお前なりてえか? なりたくないだろ秀。だったらな、このおじちゃんの事なんかとっとと忘れて、あの母ちゃんと2人で幸せになるんだ。わかったな、わかったら早く行け」
涙を流してすがりつく秀吉を振り払うように島を去ります。何もそこまで言わなくてもと思いましたが、寅さんにも秀吉への愛着が生まれて、それを断ち切るためにそんなふうに言ったように見えました。
寅さんは恋に消極的になったのと同じように、子どもに対する親心にも自信が持てなかったのかも。大人の女性相手とは違って、子どもの場合、中途半端なかかわりでは心を深く傷つけてしまい、最悪の場合、愛着障害を招きます。そこまで自覚したかどうかは分かりませんが、そうまでして孤独を選ぶ寅さんを誠実だと思います。
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発売・販売元:松竹 ©1987/2019 松竹株式会社
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古泉智浩(こいずみ・ともひろ)
1969年、新潟県生まれ。93年にヤングマガジンちばてつや賞大賞を受賞してデビュー。代表作に『ジンバルロック』『死んだ目をした少年』『チェリーボーイズ』など。不妊治療を経て里親になるまでの経緯を書いたエッセイ『うちの子になりなよ ある漫画家の里親入門』や続編のコミックエッセイ『うちの子になりなよ 里子を特別養子縁組しました』で、里子との日々を描いて話題を呼んだ。現在、漫画配信サイト「Vコミ」にて『漫画 うちの子になりなよ』連載中。
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