放送作家・コラムニスト 山田美保子さん 家庭の中に居場所を求めた母 反面教師にして自立の道へ

大森雅弥 (2023年7月30日付 東京新聞朝刊)
写真

母親について話す山田美保子さん(佐藤哲紀撮影)

カット・家族のこと話そう

箱入り娘のままの母との衝突

 母は今年92歳。子どもの頃に戦争で父親と兄2人を亡くし、母1人子1人になりましたが、家持ちだったからでしょうか、あまり苦労を知らない人でした。結婚しても実家住まい。母親、私にとって祖母に当たる人が気が強く厳しい人だったこともあり、良くも悪くも箱入り娘のままでしたね。

 私はもともと引っ込み思案でしたが、青山学院の初等部を受験して運良く合格。電車通学だったこともあり、どんどん外へ出るようになりました。友達もお金持ちで華やかな人が多く、一気に世界が広がった。でも母は専業主婦で家にいることを苦にしない。だんだん合わなくなっていきました。歯科医師の父はマスオさん状態であまり家には関わらない人でしたし。

 私は小学4年生の時からラジオ番組に投稿を繰り返し、いわゆる「はがき職人」になります。食事中でもラジオを聞きながらメモしたりして、とがめる母と衝突しました。大学卒業後、マスコミに関わる仕事を始めましたが、母は父と同じ歯科医師の人との見合いを勧めてくる。社会性とは無縁の生き方なんです。だから、実家にいる時は本当にきつかった。

不妊治療後に出会った犬たち

 結婚して外に出ましたが、すぐ離婚。再婚した後、36歳からの10年間、不妊治療に明け暮れました。どうしてあんなに頑張ったんだろうと今は思います。情熱の根っこを探るなら、「青山学院ファミリー」への憧れだった気がします。青学って同窓生が仲が良くて、子どもも青学に入れる人が多い。私も子どもが生まれたらそうしようと思っていましたから。

 子どもを諦めてから出会ったのが犬たちなんですね。実は、自分では覚えていないんですが、幼いころに犬から追いかけられたことがあるらしく、大の苦手だったんです。でも引っ越したマンションがペット可で、連れ合いが犬を買ってしまった。

 それがうちに来るやいなや体調を崩して病院を駆けずり回ることに。その時、ある獣医師が「これは不良品です。返品ですね」と言ったんですね。そこで「いや、この子は私が絶対守る」と。その後、保護犬を預かるまでになりました。

自立しながら寄り添える関係で

 いい母親? でもね、保護犬を預かるのって年齢制限があるんですよ。飼い主が先に亡くなったら大変だから。ずっと関われるわけじゃない。寂しく感じるけれど、それが私の人生。自分には家庭がなくてもやっていけると思います。家族に頼り家庭の中に居場所を求めた母が反面教師になったのかもしれない。

 でも、それはつながりを捨てることではありません。共感力が高い人をエンパスというらしいんですが、夫や友人と自立しながらも寄り添える関係でいたいですね。

山田美保子(やまだ・みほこ)

 1957年、東京都出身。放送作家としては現在、「踊る!さんま御殿!!」(日本テレビ系)などを担当。「サンデー毎日」「女性セブン」などにコラムを連載し、コメンテーターとしても活躍。文化人らによるボランティア集団「エンジン01文化戦略会議」の会員。

3

なるほど!

4

グッときた

0

もやもや...

2

もっと
知りたい

すくすくボイス

この記事の感想をお聞かせください

/1000文字まで

編集チームがチェックの上で公開します。内容によっては非公開としたり、一部を削除したり、明らかな誤字等を修正させていただくことがあります。
投稿内容は、東京すくすくや東京新聞など、中日新聞社の運営・発行する媒体で掲載させていただく場合があります。

あなたへのおすすめ

PageTopへ