傷ついた子どもの気持ち、大人が書き換えないで 「忘れなさい」は禁句です 心のケアと支え方〈川崎殺傷事件から考える〉

 いつもと変わらない朝。元気に学校へ出かけていったわが子が突然の事件に巻き込まれ、けがをしたり、命を奪われたりしたら…。川崎市内で5月、私立小学校の児童ら20人が殺傷された事件では、子育て中の親たちの間に衝撃が広がりました。こうした事件が起きた時、被害に遭ったり、現場にいた子どもたちはもちろんのこと、直接被害に遭っていない子どもに対しても、心のケアは重要です。大人も含め、傷ついた人たちを支えていく時に大切なことは何か。被害者支援都民センターの相談員で臨床心理士の新井陽子さん=写真=に聞きました。

写真 新井陽子さん

1カ月は「急性期」 睡眠障害、不安、感情のまひ

―日々、被害者を支える仕事をしている立場から、今回の事件をどう受け止めましたか。

 特に現場に居合わせた子どもたちにとっては、圧倒的な恐怖の体験だったと思います。すごい叫び声も聞こえたでしょうし、大人たちが混乱している様子を目の当たりにして、不安で、怖かったと思います。大人と違って、子どもたちはベースとなる知識がまだ十分でないので、自分が見たり聞いたりした範囲だけでしか起きたことを理解できません。年齢が小さければ小さいほど、何が起きたのか全体像がよく分からない。「何が起きたのか分からない」という状態で、不安を募らせているのではないかと心配します。

―こうした事件が起きて間もない時期、子どもたちに起きることとはどんなことでしょうか。

 1か月くらいの間は急性期といわれ、この時期一番多いのは睡眠に関する障害です。眠れない、怖い夢を見る、叫んで跳び起きる、といったことがあったり、親と一緒でないと眠れなくなる子もいます。現場を目撃した子どもはその映像を繰り返し思い出してしまうので、安全な場所を求めて、物理的にも心理的にも親から離れられない、ということが起こります。今までしっかりしていた子が、急に赤ちゃん返りして甘えが強くなったりもします。

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 圧倒的な恐怖をずっと浴び続けていると耐えられなくなるため、感情が一時的にまひします。一時的に感情をシャットダウンさせて、うれしいのか悲しいのかも分からなくなっちゃう。心が空っぽになっちゃうということが起きることがあります。

―急性期はどのように経過していくのですか。

 警報ランプが「5」だったのが「4」「3」と下がってくるように、少しずつ回復する力を子どもたちは持っています。そのためには、何より「今はもう安全だよ、怖いものはないよ」「お父さん、お母さんがちゃんと守っているからね」という声かけが大切です。眠れなければ付き添ってあげる、温かいミルクを飲んだり軽い体操をしてから眠るなど、睡眠の質を確保していくことも必要です。

 学校に行きたがらない、外に出たがらないということもよく起きます。そういう場合は、お休みさせましょう。手や足をけがしたら休むのと同じように、目には見えないけれど心がばっさりとけがをしている状態なのですから。

 1カ月以上たっても気になる状態が治まらないときは、児童精神科医などの診察を受けるとよいと思います。必要に応じて薬も処方してもらえます。学校であればスクールカウンセラーに相談すれば、アドバイスがもらえると思います。

何度でも話を聞き「気持ち」を繰り返す=受け止める

―事件に遭った子どもたちの長期的な影響が心配です。

 事件を見てしまった子どもたちは、この後、繰り返し話しだす、ということがあると思います。話し始めた時、さえぎったり、「もう忘れなさい」と言ったりすることなく、一通り聞いてあげることが必要です。大人の側が「それは怖かったね」と言うのではなく、その子が「怖かった」と言ったら、「怖かったね」と応じ、子どもが発した気持ちをそのまま繰り返してあげることで、子どもは「受け止めてもらえた」という気持ちになる。大人が子どもの気持ちを書き換えない、子どもが発したものをそのまま受け止めてあげるということです。

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事件現場に供えられた花束。犠牲者へのメッセージが添えられていた=6月4日

 子どもが話すのは、記憶の整理をするためです。一回話すごとに不安は確実に下がっていきます。話すたびに、「もう怖くないよ」と声をかけてもらっていくうちに「終わったこと」にしていくことができます。

 とはいえ、親も傷ついているときは、どうしても怒りっぽくなり「もういいかげんにしなさい」とか「終わったことだから忘れなさい」という言葉が出てきてしまうこともあります。親自身も不安で感情のコントロールがうまくいっていないことを自覚することも大切です。気持ちを落ち着ける簡単な方法の一つが深呼吸。ゆっくり吐くことを意識した深呼吸は役立ちます。

―子どもが犠牲になる事件や事故の後、直接関係しない子どもたちも不安を感じたり、何が起こったのか大人に尋ねてきたりすることはよくあります。どうしたらよいのでしょう。

 子どもが分かる範囲で、隠さずに説明しましょう。「あそこで大きな事件があったんだよ」というふうに、あまり生々しく伝えないことです。また、事実を話すことと、事実に対して意味づけをして話すことは違います。起きたことにネガティブな感情や怒りを持っていると、その解釈を一緒に説明してしまいやすいということに気をつけたほうがいい。怒りやネガティブな感情が強調されて伝わると、子どもはそこを受け取ってしまい、余計に不安になることもあります。そして、説明の後は、必ず「今は安全だからね」「あなたは安全なところにいるから大丈夫だよ」ということを付け加えましょう。そうでないと、恐怖を与えるだけになってしまいます。

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 これだけメディアが発達している社会で難しい面はありますが、事件直後の様子をとらえた映像や、犯行形態をつぶさに再現するような生々しいメディア情報はなるべく見せない工夫が必要です。子どもは大人以上に映像の影響を受けやすい。これは、事件を近くで体験した子どもだけでなく、すべての子どもたちに対して気をつけるべき点です。特に、過去に虐待を受けたり、事故に遭ったりした子は、事件を想起させる映像を見ることで、自分のつらかった体験と結びつけてしまい、より強い恐怖を感じることがあります。

大人も無力感…それでも「あなたを守る」と伝えよう

―安全であるはずのスクールバスが狙われた今回の事件のような場合、どうしたらよかったのか、と大人として無力感に陥ってしまいます。それでも子どもに「守っていくよ」と言うべきでしょうか。

 もちろんです。「あなたたちは大事な存在なんだよ」「大人たちはどうすればあなたたちのことを守ることができるのかというのをいつも考えているんだ」ということを伝え続けていきましょう。今回の事件もまさにそうですが、そうはいっても残念ながらどうすることもできない事態が起きることもある。スクールバスが用意され、先生も配置されていたし、保護者もいたけれど事件を食い止めるのは無理だった。「万全」ということは難しいけれど、それでも万全となるような配慮を大人たちは一生懸命やっているんだよ、ということを伝えていく。併せて、こんな事件がいつもいつも起きるわけじゃない。今回のことは特別なことだったんだ、安全な日常がちゃんと戻っているからねということも伝えるべきです。

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事件について記者会見するカリタス小の内藤貞子校長(中)。右は倭文覚教頭、左は斎藤哲郎理事長=5月29日

―学校も子どもたちのケアを最優先にするとしています。

 どんな気持ちもすべて大事な気持ちであり、どんな気持ちも話していいんだよ、というスタンスでいてほしいと思います。こんな悲しい事件があって、もう笑っちゃいけないんじゃないか、もう楽しんじゃいけないんじゃないか、と感じてしまうことがあるかもしれないけれど、楽しんではいけない理由はないということを共有していきたい。そして、子どもたちが気持ちを表現する場を設けてほしい。絵であったり、お話であったり、何でもいいのですが、「どんな気持ちも大事な気持ちだよ」「あなたがどんな気持ちであってもいいか悪いかの評価はしない、そういう気持ちだったんだねと受け止めるよ」と伝えてほしい。

―地域社会の大人たちも傷ついていると思います。

 みんな傷つき、地域全体がザワザワしているのは当然です。「自分にもっと何かできれば、助けることができたんじゃないか」などと思い詰めてしまう人が出ることもあります。同じ境遇の仲間でも、専門家でも落ち着いて話を聞いてくれる人がいるところで話ができるとよいでしょう。「あなたが悪いわけじゃないよね」とバランス良く考え直してくれる人と対話をすることも役立つと思います。

悲嘆は後から強くなる 孤立感を深めさせないように

―今回の事件に限らず、つらい出来事を経験した被害者や遺族を支えていく時に大切な点を教えてください

 「もう忘れなさい」と言われることは被害に遭ったり大切な人を亡くしたりした人には非常につらいものです。人は記憶をなくすことはできない。それから、例えが良くないかもしれませんが、交通事故で身内を亡くした人に対して、「誰でもいつかは死ぬ時が来る。それが早かっただけだよ」というような言い方も遺族らを傷つけます。どんな亡くなり方でも、大事な家族を亡くすということで、つらさ悲しさ怒りは変わらない、ということを心に留めてほしいと思います。

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被害者支援都民センターでは、妹を亡くした主人公「マナ」の体験を通して、悲嘆からの回復を助けるためのヒントを伝える絵本も作っている

 また、事件が起きて数カ月くらいの間は、周りの人たちが気遣い、優しくしてくれる。でも半年、1年とたつうちに周りは変わっていく、忘れていく。そこが被害者にとっては、とてもつらいものなのです。それまで生き抜くためにまひさせてきた感情が少しずつほどけてきて、悲嘆が強くなってくるのは半年後くらいから。そこで周囲の人たちと大きなギャップができてしまうと、孤立感を深めてしまう。その時期に「まだ落ち込んでいるの」とか「元気出しなさいよ」などと周囲は励ますつもりで発した言葉が、本人にとっては非常につらく感じてしまいます。

 事件でも事故でも突発的に暴力的な形で家族や身近な人を亡くすことの悲しみや悔しさは一生続くものです。「寄り添う」とか「共感」という言葉がよく使われますが、とても難しいこと。相手がどんな気持ちでいるのかを想像することは大事ですが、どれだけ想像してもそこで感じられる気持ちというのはその人自身の気持ちで、相手と同じだとは限りません。どれだけ想像しても分からないのだということも同時に踏まえる必要があります。こうした仕事をしている私も、答えは簡単に出ません。

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 被害者支援にもっと社会が目を向けてほしいと思います。日頃はみんな目をつぶって生きているけれど、誰もがいつ被害に遭うか分からない社会を生きています。他者の痛みを想像し、傷ついた人を支えることができる社会をつくっていかなくてはいけないと思います。

新井陽子(あらい・ようこ)

 公益社団法人被害者支援都民センター勤務。 公認心理師・臨床心理士。 犯罪被害者の支援や東日本大震災復興支援などに携わり、主にトラウマ焦点化認知行動療法を用いてトラウマやPTSD等のセラピーに従事している。

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  • 匿名 says:

    私も中学生の時に事件に遭遇しました。日常生活に支障がでました。親に相談もできませんでした。今でも夜中に急に起きたりしています。まったく生きた心地がありません。もう、崩壊寸前ですがとにかく自分は悪くないと思って普通に過ごせています。夢をかなえるために国家試験も取ろうと思って今勉強をしています。まずは、自分は悪くないと思うところから始めるべきだと思います。

      
  • 匿名 says:

    とてもためになりました。

      
  • 匿名 says:

    保護者としてとても勉強になりました。ありがとうございました。

      

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