生まれないほうが幸せ「反出生主義」に反響 「同じ境遇…励まされた」「出産で価値観が変化」 識者はどう見る?

海老名徳馬 (2023年9月13日付 東京新聞朝刊)
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読者から寄せられた「反出生主義」に対する思いや記事への意見

 生まれない方が幸せで、子どもを持ちたいとは思わない。そんな考えをどう思いますか-。7月12日公開の記事「反出生主義を知っていますか? ある35歳女性の告白『生まれなかった方が幸せ。子どもは持ちたくない』」に登場した女性(35)の問いかけや、全ての人の出生を否定的に捉える「反出生主義」に対し、読者から150件を超える助言や意見が寄せられました。女性に共感する声が目立った一方で、「生きることを幸せと感じてほしい」と呼びかける内容も。投稿の一部を紹介するとともに、反出生主義に詳しい識者に背景や現状などを取材しました。

両親に恵まれず「子ども持たない」

 愛知県刈谷市の女性(46)は「同じような境遇や思いの人がいると知り、とても励まされた」と書いた。父親がギャンブル依存、母には無視されて育った。「こんなことは私で最後にしたい」と考え、子どもは持たないと決めた。ただ、周囲に子どもを持つことを勧められて知識を深め、「今ならちゃんと子育てできるかも」と悩んだ時期も。「焦らないでしっかり考えてみては」と気遣った。

 子どもを産んだ女性からの投稿も多かった。両親が不仲で、幼い頃から「無」でいたい気持ちが強かったという同県の女性(44)は「孤独でいる勇気がなかった」ため結婚し、「夫やその家族の手前、子を持たないという選択もできず」に出産。そうした思いを話したことはなかったといい、「人知れず悩む人は多いと思う。前向きでない繊細な思いを女性が伝えてくれて、掲載されてありがたかった」。

「産んでみよう」自分をだまし出産

 石川県の女性(35)は20代の頃、「満足に育てられない、こんな腐った社会で子どもは産めない」と考えた。ただ、「妊娠適齢期は限られている」との思いも。子育てを社会で支える考えが広まりつつあると感じ「産まずに後悔しても取り返せない。ならば産んでみよう、と自分をだまし言い聞かせた」。今は子育て中で「産まなければよかったとは思わない」という。

 結婚や出産で考え方が変わったのは、愛知県豊川市の女性(41)。幼い頃から無気力で自分を卑下することが多く「子どもが苦しむことになるのに産むのは自分勝手」と感じていた。転機は前向きな性格の夫との出会い。「自分の価値を自分で決めること自体がエゴと気付いた」。出産後は夫の家族の笑顔に囲まれ「人生は自分だけのものではないと、考えがグラデーションのように変化した」と振り返る。

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反出生主義についての哲学書やテーマとして扱っている小説

人は一生を通して成長するもの

 千葉県の男性(71)は「この世に命を授かったからには力の限り生き抜いて。それがほんのわずかでも誰かを喜ばせることにつながるかも」と訴え、愛知県碧南市の女性(68)は「人はつらいこともうれしいことも経験しながら、一生を通して成長するもの。努力を惜しまなければ幸せを得られると思う」と呼びかけた。

 神奈川県の女性(31)はアルコール依存症の父が母を殴る家庭で育った。「子どもが将来どんな苦労をするかは分からず、子を産むのは親のエゴ」だと感じ、「子どもが生まれるのは善という価値観を変えたい」とも。出産した人には社会通念上「おめでとう」と声をかけるが、「かわいそうに、また犠牲者が生まれたと感じる。自分は産まないし、できれば他の人にも産んでほしくない」と話す。

生きているだけで頑張っている

 愛知県春日井市の50代女性は、息子が15歳の頃に「まともに育てられないのに、自分たちの快楽のために子を産んで」と責められた。「僕はなんで生きているの、死んだ方がいいよね」とも。息子の悲しさを知り「つらさや気持ちをできる限り理解しよう、何事も否定せずに聞こう」と考えるようになった。

 21歳になった息子は引きこもっていて「生きづらいのに、生きていてほしい、と思うのも私のエゴ」と思う気持ちもある。「生きるのは当たり前ではなく、一日一日を生きているだけで頑張っている。笑顔になれたことを思い返しながら過ごし、いい思い出をためていって」と記事の女性を思いやった。

なぜ反出生主義が注目? 識者に聞く

 反出生主義とはどんな考えで、なぜ注目されるのか。世界的に話題を呼んだ関連の哲学書を翻訳した学習院大の小島和男教授(47)=古代ギリシャ哲学=と、反出生主義についての著書がある早稲田大の森岡正博教授(64)=現代哲学=に話を聞いた。

「死んだ方がよい主義」ではない 学習院大・小島和男教授

 2006年に南アフリカの哲学者デイビッド・ベネター氏が哲学書「生まれてこないほうが良かった」を発表し、注目された。生まれれば快楽も苦痛もあり、生まれなければ快楽も苦痛もない。両者を比べると、苦痛がある前者の方が害悪で、人類は絶滅する方がよい、と説く。

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小島和男・学習院大教授

 2017年に邦訳された「生まれてこないほうが良かった」の訳者の一人である小島さんは、「反出生主義は攻撃的な思想で悪の秘密結社のような発想と思われがちだが、全然そうではない」と強調する。「生まれてくる以上は苦しみがあるので、その苦しみを減らしていこうという考え。害悪を増やすのはよくないので、子どもは産まない方がいいという話になる」

 ただ、ベネター氏が主張するような反出生主義は、「(後で死ぬより今死んだ方がよいという)死促進主義ではない。生きてしまっている自分を大切にしましょうという考え方」と説明する。

 さらに、「始める価値と続ける価値は違うというのが重要」と語る。生まれてきたのは自分の意思ではなくても、「じゃあ死んだ方がいいかというとそれは違う。われわれは始める価値はなかったけれど、大抵の場合は続ける価値はある人生を生きている」。

 小島さんは、ベネター氏のような考え方の人が、特に若年層で増えていると感じている。貧困が進み、アルバイト代を生活費に充てる貧しい学生も多い。

 「生きていることがつらければ、生まれてこない方がよかったと思うのは当たり前。切ない話だが、実感として反出生主義が受け入れられやすい世の中になってしまった」と分析する。

残りの人生どう生きるかのヒントに 早稲田大・森岡正博教授

 反出生主義には、さまざまな考え方があるというが、森岡さんは「簡単に言えば、全ての人間は生まれてこない方がいいし、全ての人間は産むべきではないという思想」と説明する。

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森岡正博・早稲田大教授

 森岡さんによると、哲学の世界では2000年以上前から同様の考えが存在。古代ギリシャでは「生まれてこないのが一番いい」と誕生を否定する考えが見られ、古代インドには、「生まれることは苦しみだ」という思想があった。

 20世紀になって、出産を全面否定する考えが加わった。「日本でよくみられる反出生主義は、子どもを産むべきではないという主張が多い」と森岡さんは指摘。その理由について、そう考える人が実際に増えた可能性のほか、「考え方は昔からあったけれど、言語化されなかった可能性もある」という。

 一般社会では、これまで出産はほぼ肯定的に語られてきた。産むことを否定的に捉える考えは「すごく目新しいし、見る人にとっては衝撃的だと思う」。

 森岡さんは、2020年に発表した著書「生まれてこないほうが良かったのか?」で、ベネター氏の主張を批判的に論じた。人生の大事なことを快か苦痛かという2つだけの要素で考えることは単純化しすぎで「人間が生きることの多様性が無視されている」と語る。

 自身が反出生主義に共感する部分もある一方で「既に生まれてきてしまっている人が、誕生否定的な考えを持ったまま死んでいくのはすごく残念。有限の人生を生きようとする人が、残りの人生をどうしたらいいかを考えるヒントや、議論の下敷きにしてほしい」と期待する。

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  • 匿名 says:

    人が罰を受けるために産み落とされる地
    地球という名の監獄
    略して「地獄」

    匿名 女性 20代
  •   says:

    このサイトが学習用タブレットで開けてよかった

    何で生まれなきゃいけないんだよと思った事が何回もあります。

    だっていじめられてメンタルぐちゃぐちゃにされたのに親は、ホスト狂なので僕のことなんてきいてくれない
    いっそのこと死んでしまいたい。

      無回答 無回答
  • 匿名 says:

    私は、この世も天国も大嫌いです。母親がキリスト教信者で、幼い頃から毎週日曜日教会へ連れていかれてました。

    聖書にある“汝の父と母を敬え”という言葉。くそ食らえでした。神は世界を創った創造主だとか、皆の罪を引き受ける為に十字架にかかってくれただとか。

    もともと人間と世界を創ったのは神なのに、何が罪だよって感じです。

    神は悪魔です。苦しんでいる人間を観てほくそ笑んでるに違いありません。

    本当に神がいるとして、慈しみ深き神ならばこの世界を創らなかったでしょう。人類も存在していなかったと思います。

    母親も父親も、その先祖すらも嫌いです。産まれていなければ、結婚する相手と逢わなければ、途中で血が絶えていれば、私は生まれていなかったでしょう。まさに奇跡です。聖書によく出てくる馬鹿みたいな二文字。

    この素晴らしい人と人との繋がりを、奇跡を、私の代で断ち切ります。

     女性 10代
  • ひとっさん says:

    ベネターの主張は産むとその後の苦痛諸々が発生するから産むのに反対ってやつじゃないのけ?単純にそこじゃないのけ?

    自身が逆境に在ることから生まれなければよかったっていう考え方をしてる様な意見が見られるな。じゃあお前さんはその状況と反対なら、人生イージーモード、勝ち組だったらどう感じるよ? それで感じ方が変わるなら論旨を取り違えてるって事にならないか? まぁ、これは記事とかぶるか。

    生まれて来なければよかったは俺も思うんよ、正直悪くない家庭に育ったけどさ。面倒くさいんだ、生きてくの。んでさ、そういう気持ちって落ち込んだり嫌な気分になるじゃん?

    だからそれを払うため忘れるため興味があるものを片っ端から齧ったり、識者、偉人が遺したものを読んだりして気を晴らそう、光を探そうとするわけ。

    んでさ、こう思うの。「えっ!?ちょっと待って、人生ってこういう事死ぬまで続けるの!?」って。楽しいときは忘れてて苦しいときは逃げようと藻掻くの。

    そんなの求めてなんかいないのよ。めんどくせんだわ、生きんの。こういう生まれてくると発生する害の部分をベネターは言ってるんじゃ?

    でもさ、この国では生存権は保証されどもその反対の権利は無いんだよな。生まれてくる人以前に今ある人たち自分自身にも関心が無いのか?

    あと現状がうまくいってないやつに一応言っとくと、時間経つと変わること山程あるから。3次元じゃなくて4次元で動いてるから世界もあんたも。どんな姿勢を取るかははあんた次第だけどな。まぁ、これも記事に実例あるわな。

    ひとっさん 男性 30代
  • 匿名 says:

    「死にたい」と思うことは、ヘンなことではありません。日本財団が2022年に行った調査では、15歳~19歳の「約2人に1人」が死にたいと願い自殺を考えたことがあるという結果がでています。死にたくなるのは普通のことなのです。

    しかし、前述のとおり自殺とは、個人の問題でなく、社会の問題です。あなたが弱いわけでも、悪いわけでもない。

    他サイトからの引用だが、こんな病んでる国に産むなんて。何のために産むのか、希望があるのか切実に教えてほしい。

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