「非常に深刻」泳げない子が激増している 老朽化や猛暑でプール授業が減少、水難事故から命を守れるか

西田直晃 (2025年6月25日付 東京新聞朝刊)
 プール開きの時期を迎えた小中学校だが、ここ数年の児童生徒に気になる傾向がある。コロナ禍を経て、泳げない子どもが増えているとのデータがあるという。感染対策による中止にとどまらず、猛暑やプールの老朽化への対応、市町村を悩ませる予算不足といった複合的な課題が背景としてある。泳ぎを覚えなければ、水難事故の防止に懸念を残す。どう向き合うべきか。
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学校のプールは老朽化が問題となっている(写真はイメージです)

中1の3割以上がクロールで25m泳げない

 「非常に深刻な状況」

 2023年に行った水泳技能の独自調査について、埼玉県保健体育課はこう総括している。泳げない県内の小中学生がともに激増していたためだ。

 調査では、25メートルをクロールで泳げない中学1年生は男子が33.9%、女子が45.5%に到達した。コロナ禍前の19年に比べ、それぞれ14.7ポイント、22.4ポイント増えた。調査手法が異なるが、小学5、6年生も同じ傾向だった。これらの学年はいずれも、水泳実技の開始前後にコロナ禍を迎え、長期間の授業の中止を余儀なくされていた。

 海外でも似た傾向が見られる。例えば、競泳の強豪国のオーストラリア。公益団体が今年3月に公表した調査結果では、国の安全基準で推奨されている50メートル完泳と2分間の立ち泳ぎについて、小学6年生の48%、高校1年生の39%が習得できていなかったという。5~14歳の1割は水泳を習ったことが全くなかった。

コロナ禍に加えて全国で「構造的な理由」

 ただし、日本の場合はコロナ禍に限らず、各地の小中学校に共通する構造的な理由もある。「プールが老朽化しており、授業に使えない学校がある。暑さ対策も大きな課題。昔は水温・気温が低く、実施を取りやめる日があったが、現在はその逆。水中で熱中症を発症する子もおり、健康面への配慮が授業数を減らしている」(埼玉県の担当者)

写真  自治体向けにだされた通知

6月にこども家庭庁などが各自治体に向けて出した、プール授業などでの事故防止の徹底を求める通知

 こうした事情を「全国的なもの」と説明するのは、鳴門教育大の松井敦典教授(水泳教育)。「学校施設の老朽化に対処するにも、穴埋めする文部科学省の予算は少なく、市町村は改修費用を切り詰めるしかないのが現状。暑さ対策にしても、水温が基準値を超えた場合、大量の補給水で下げる方法もあるが、水道代がかさむため多くの学校では難しい」と財政上の要因にも触れる。

スポーツクラブへの外部委託にも課題が

 近年では、水泳の授業をスポーツクラブなどに委託する事例も増えている。だが、「授業のコマ数がそのまま出費になる。本来の教育に要する時間よりも短く済ませ、単なる体験学習になりかねない面をはらんでいる」と述べる。学校教員の負担を軽減できる利点はあるが、指導の責任はあくまでも「学校が負うべきだ」と訴える。

 「(民間活用は)地方では委託先が少なく、人口の多い都市では学校の需要をまかないきれない。委託先は不採算なら撤退する可能性があり、その際に使えるプールがなければ学校は困ってしまう。事情は地域ごとに異なる。自前の施設、民間委託、複数校が共同で使える公共プール。どんな手法でも構わない。最も大事なのは、子どもたちに適切な水泳実技の機会を確保することだ」

水難者は増加…「溺れない指導」が必要

 松井氏がこう語るのは、水泳の授業が「命を守る知識と技能」に直結するためだという。昨年の水難者は過去10年で最多の1753人に達し、このうち1割を中学生以下が占めた。

 「考えるべきは『溺れない指導』だろう。子どもの安全を優先すべきだ」と強調するのは、名古屋大の内田良教授(教育社会学)。「これまでの水泳教育は、泳法やタイムのような競技的な志向が目立ち、水難対策は二の次にされてきた」との見方を示し、「着衣水泳や水中で浮く訓練のような実技をもっと増やすべきだろう」と指摘する。

元記事:東京新聞デジタル 2025年6月25日

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