「子ども3人以上『扶養』で大学無償化」に子育て世代は不満続々 「1人でも大変なのに」「そこまで計算して産めない」
【関連記事】
「子ども3人以上で大学無償化」年の差でこう変わる 年子なら9年分、2学年差なら…
「子育てのロスジェネ」の嘆き 教育無償化からこぼれ落ちて「本当に間が悪い」
就職で扶養を外れると2子・3子は対象外
戦略案によると、2025年度から、扶養する子どもが3人以上いる世帯について、大学など高等教育機関の授業料や入学金を無償化する。所得制限はない。医学部など6年制の学部や短大、高専、専門学校も対象となる。
「無償化」と言っても、青天井ではない。国公立大は年間の授業料約54万円と入学金約28万円、私立大はそれぞれ約70万円と約26万円を免除の上限とする。私立大の授業料は学校ごとに違いが大きいため、国公立大の標準額を基に、一定程度の加算をしている。
ややこしいのが、3人以上の「扶養」という条件だ。例えば、3人きょうだいの第1子が大学を卒業し、就職して扶養を外れると、第2、第3子は対象でなくなる。また、留年や出席率が悪い場合も支援が打ち切られる可能性がある。
なぜ3人?「高等教育の負担が…」の声
なぜ、無償化の対象を「3人以上」にしたのか。文部科学省の担当者は「国立社会保障・人口問題研究所の調査で、『子どもを3人以上持ちたいが、家計の問題で、大学など高等教育の負担が重い』と回答した人が多かった」と説明する。
国立社会保障・人口問題研究所の2021年の調査では「夫婦にとって理想的な子どもの数」の平均で2.25人だったが、「(実際に)何人の子どもを持つつもりか」との質問に対しては、平均2.01人だった。この調査を基に「高等教育の費用がかかるため、子どもの数を抑えてしまう」という論理立てをしている。
この無償化の予算規模や財源はどうなるのか。文科省の担当者は「現在、細かい金額については予算、財源とも確定していない」と歯切れが悪かった。
「ムリ」「政府は全く理解していない」
理想の数の子どもを持てるようにするという建前の施策。政府の狙いを子育て世代はどう受け止めるのか。この世代が多く集まる東京都江東区の木場公園で、18日に話を聞いた。
「ムリムリムリムリ! 1人でも心身とも大変。物価は上がるし、給付金があっても結局、税金などで取られていく。2人目がほしくても厳しいのに、3人なんてとんでもない」。こう言って激怒するのは、3歳の女児を育てる葛飾区の主婦(27)。政府は子育て世代の状況を全く理解していないとこき下ろし、「子どもを産んでから、日本は生きにくい国だと感じるようになった」と嘆いた。
一緒に3歳の男児を遊ばせていた文京区の主婦(34)も「最近も1週間に使った食費を見てびっくりした。物価高はすごく苦しい。1人でもいっぱいいっぱい。そもそも、年齢的に3人はあきらめている。そこまで計算して産めるものではない」と言い、こちらもおかんむりの様子だ。
「経営が苦しい大学を助ける目的も?」
遊んでいる3歳の女児を見守っていた近くに住む主婦(38)も「3人以上の世帯が無償化というのは不平等な感じがする。2人の家庭はどうなるのか。大学に進学する人を増やし、経営の苦しい大学を助けるという裏の目的もあるのでは、という印象も受ける」と厳しい評価を下す。
自身の年齢を理由に「どのみち関係ない」と話したのは、7カ月の赤ちゃんをベビーカーに乗せていた育休中の女性(39)。「20年後のことなんてあてにできない。政策も変わっている可能性もある」と冷静な見方をしつつ「若い人の中に、ポジティブに受け止めている人がいればいいが…」と語った。
取材したのは平日の昼間。公園には幼い子ども連れが多く、近い将来には関係ないせいか、大学無償化策はおしなべて不評だった。
下の子ほど選択肢が狭められてしまう
なお、大学進学支援という観点でみると、既に年収380万円未満の世帯を対象に授業料を減免したり、給付型奨学金を支給したりする制度がある。政府は2024年度から、子どもが3人以上で、年収600万円までの世帯に制度の対象を広げる。今回の無償化策はいわば、この制度をさらに拡大する形になる。
「所得制限がなくなり、減免される額が大幅に増える点については評価できる」と話すのは、日本若者協議会の室橋祐貴代表理事。ただ、対象となるのが「扶養する子が3人以上いる世帯」と限定されることに注文を付ける。「親からすると、第1子が社会人になったからといって、下の子も含めた負担が消えるわけではない」
室橋氏は4人きょうだいの末っ子。もし大学生時代に制度があっても、年が離れた第1、第2子は卒業済みで自身は対象にならない。自身の経験からも「下の子ほど金銭に余裕がなく、選択肢が狭められる」との危惧は消えない。
子どもを持つ「動機づけ」になるの?
無償化の対象となり得る世帯は現在、どれだけあるのか。厚生労働省の2022年の国民生活基礎調査では、3人以上の子どもがいる世帯は、全体の2.3%と効果は限定的だ。
政府は「異次元の少子化対策」を強調するが、大学無償化は「子どもを持ちたい」という動機づけになるのか。
「少子化対策としてはほとんど意味がない」と切って捨てるのは学習院大の鈴木亘教授(社会保障論)だ。「少子化対策は、これから子どもを産む人たちの行動や意識を変えなければいけない」とし、政府の支援は主に、既に子どもがいる人向けで、これから産もうという世代には効果が薄いと指摘する。「政策として十数年後まで維持できているのかも疑問だ。本来必要なのは、結婚を希望する独身の人を結婚できるようにするための政策だ」
諸外国とは違う、高等教育の私費割合
日本はそもそも、大学進学が家庭の経済状況に左右される現状がある。高等教育段階における私費割合は67%と、経済協力開発機構(OECD)加盟国の平均31%を大きく上回る。
同志社大の吉田徹教授(比較政治学)は「高等教育を含めて、経済的余裕がない世帯には支援があるべきだというのが諸外国の考え。一方で日本では、教育や医療など必要な社会サービスは、各世帯が自費負担で購入するものという意識がこびり付いており、そこに税金を使って無償化するというのに抵抗がある」と意識の違いを説明する。
政府に必要なのは「人権保障の観点」
戦略案は、子ども1人当たりの関係予算を、対国内総生産(GDP)比で、OECD加盟国トップのスウェーデン(15.4%)を超す16%を目指すとする。吉田氏は「欧州でも多額の予算を付けても高齢化が進んでいる。生活の見通しがあるのか、安定が見込めるのかという、人が子孫を残す前提条件を根本的に改善する必要がある」と訴える。
多子世帯への支援が十分な議論もなく、急に拡大することに、前出の室橋氏は「政府の計画性のなさが国民の不信につながっている」と話す。「政府が子どもを持つ世帯への支援ばかり手厚くしたり、子どもを産むように誘導するのではなく、生きやすい環境を整えるという人権保障の観点がなければいけない。そうでなければ、いつまでも国の方針に左右される」
担当デスクから
今回の無償化策でまず感じたのは「なんだ。うちには無関係か」。多子世帯の教育費負担は間違いなく重いが、子どもが1人、2人でも楽ではない。根本的に教育費をもっと軽く、と願う親は多い。悪い策とはいわないが、異次元の効果は期待できない。さらに議論を深めてほしい。
コメント