溺れさせない!溺れてしまったら? 水辺の安全対策セミナー 事故で息子を失った夫妻が企画
- 「溺れ」は静かに進行する。気付きにくいから目を離さない
- 死亡率が高い、という危機感を持とう
- ライフジャケットを着用しよう
- いざというとき命を救う、心肺蘇生法を学んでおこう
「悲しみを誰にも味わってほしくない」
セミナーは神奈川県鎌倉市の吉川優子さん、豊さん夫妻が設立した吉川慎之介記念基金が開催。保育士や教員、看護師、子育て中の親など約30人が受講しました。
吉川さん夫妻は2012年7月、5歳だった一人息子の慎之介君を川の事故で亡くしました。通っていた愛媛県西条市の幼稚園のお泊まり保育中の事故でした。
「子どもを失う悲しみを誰にも味わってほしくない」。その一念で2014年には「日本子ども安全学会」を設立し、ライフジャケットの普及など、子どもの安全や事故予防に関する情報や知識を広める活動を続けています。
「胸骨圧迫」は心臓マッサージのこと
心肺蘇生法を指導したのは、長崎県大村市の小児科医で子どもの安全に取り組むNPO法人「Love & Safety おおむら」代表の出口貴美子さん。保育士や教員など業務上救命措置をする責任がある人たちに身に付けておいてほしい知識と実践を伝えました。
出口さんがまず紹介したのは「胸骨圧迫」と「CPR」の2つの用語。どちらも聞き慣れない言葉ですが、胸骨圧迫はかつて心臓マッサージと呼ばれ、心停止した人の心臓のあたりを両手で圧迫して血液の循環を促すこと。CPRは心肺蘇生法のことです。3、4人ほどのグループでマネキンを用いた実習が始まりました。
手順は気道確保→人工呼吸→胸骨圧迫
「人を助けようとするときはまず、自分の身の安全を最優先することが大事」と出口さん。「たとえば、飛行機の中で酸素マスクを着けなくてはならないような場面で、まず子どもに着けようと考えがちですが、子どもは自分だけでは助かりません。まず大人が着けるべきです」。人工呼吸によって感染しないよう施設などではポケットマスク(フェースマスク)などの防護具を日ごろから用意しておくことも重要です。
溺れた子を水から引き上げたら、「大丈夫?」と両肩をたたいて反応を見ます。反応がなければ、「誰か来て~!」と大声で周囲に助けを求め、来てくれた人に119番とAEDを持ってくるよう頼みます。
お願いできたら、まずは額に手を当て頭をそらして気道を確保。自発呼吸がなければ、2度人工呼吸をします。口を大きく開き、子どもの口を覆うように。胸が上がるのが見て分かる程度の量を約1秒、2回吹き込みます。
ここで息を吹き返せば良いですが、そうでなければ胸骨圧迫に移ります。胸の真ん中あたりを胸部の厚みの3分の1がへこむくらいの力で押します。スピードは1分間に100回~120回くらいのペース。1人で行う場合は30回押すごとに2度呼気を吹き込みます。2人の場合は15回ごとに人工呼吸を行います。
通常のCPRでは「胸骨圧迫が最優先」とされていますが、溺水の場合は、「胸骨圧迫の前に人工呼吸」がポイントです。出口さんは「まずしっかりと呼吸を体内に入れ、胸骨圧迫でそれを全身に回していくというイメージで行いましょう」と強調していました。
乳児の場合は「指2本」で胸骨圧迫を
AEDが到着したら、電源を入れ、体が濡れている場合はタオルでぬぐいます。子どもの場合は、パッドを胸の真ん中と背中側に貼るのが良いそうです。コネクターを接続してショックが必要ならショックボタンを押し、ショック後は胸骨圧迫をすぐに再開します。「AEDはどれも音声誘導があるので、それに従えばいいので心配しないで」
生後1カ月から1際未満の乳児が溺れた場合、反応を確認する際は、足の裏をパタパタとたたきながら声を掛けます。胸骨圧迫も両手全体では強すぎるので、指2本を使い、乳頭間線(左右の乳頭を結ぶ線の真ん中)の真下を深さ4センチくらい押します。人工呼吸は同じように30回に2回のペースです。
大事なのは反復とコミュニケーション
実習を終えた参加者に感想を聞きました。「学校で学んだことを実際にやってみることで確認できた。保育の現場で生かせるように、普段から何度もやることが大事だと感じた」と、保育士を目指して専門学校で勉強中の佐藤すずさん(19)。横浜市内の小学校教員、三股奈津子さんは「胸骨圧迫も思った以上に長時間、休みなく行わなくてはならず大変だなと感じた。以前に学校行事で子どもが倒れたときに、一瞬頭が真っ白になった。いざというときに的確に行動できるよう反復したい」と話していました。
出口さんは「命を助けるために大切なのは、周囲の人たちとコミュニケーションをよくすること。保育や学校などの現場では日頃からそのことを意識してほしい」と伝えていました。
気付きにくい、発見されにくい「溺れ」
蘇生法の実習前には、弁護士や医師、レスキューのプロなどが水辺の安全について講義をしました。
国立精神・神経医療研究センターの井上健医師は、溺れるとはどういうことかを理解することが重要だとして、フィンランドのプールで子どもが溺れた事故をとらえていた動画を紹介。溺れている子はほぼ水の中にいるため「助けて」と言えません。音もせず静かな状態で、遊んでいるのかどうかの判別もしにくいため、周囲が気づきにくく、発見されにくい、と注意喚起しました。
◇フィンランドのプールで子どもが溺れた事故の動画
また、溺水で死亡したり、重度の障害が残る割合は、溺れている時間が5分未満で10%、5~10分未満では56%に上り、25分を超えると100%になると説明。「死亡率が高い溺水事故は、予防が最も重要だ」と強調し、大人が常に監視することやライフジャケットの着用のほか、多くの大人に心肺蘇生法を教えることなどが重要、と訴えました。
危険に気付くアンテナが落ちている
消防士で日本レスキューボランティアセンターの木家浩司副理事長は、「子どもも大人も危険に気づくアンテナが落ちている人が増えている」と指摘。「心配のあまり子どもの体験を制限していませんか。大人が見守る中で、危険なことも含め、子どもにさまざまな経験をさせることが大切です」と話しました。
セミナーを開いた吉川優子さんは「予防が一番大切なのは当然ですが、それでも溺れてしまった場合、知識を持ち、早く発見して行動できれば命を救うことができる。子どもの安全を大切にしようという思いとともに、受講者一人一人が職場などに持ち帰り、行動につなげてくれれば」と期待しています。
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