生理にまつわる悩み… 親の経験を押しつけないで 競泳元日本代表・伊藤華英さんと考える生理と子育てのこと【後編】

コラム「アディショナルタイム」

 前編では一般社団法人「スポーツを止めるな」の代表理事で「1252プロジェクト」を推進する伊藤華英さん(39)にご自身の生理の経験、若い世代の悩みなどについて伺いました。では、私たち親世代は、生理について、子どもたちにどうアプローチすれば良いのでしょうか。前編に続き、すくすく新編集長の特別対談の後編をどうぞ。(取材=浅野有紀、今川綾音、谷野哲郎)
写真

伊藤華英さん(右)と浅野有紀編集長=東京都千代田区で(松崎浩一撮影)

つらかったら、病院に行く 

―社会を変えるという部分をもう少し詳しく教えてください。

 「はい。生理のことを婦人科医の先生に聞きに行く、ただそれだけのことなのに実際には、ハードルが高いという現状があります。それを変えなくてはいけません。そのためには大人が生理のことを正しく理解しないといけないと思うのです」

写真

「生理がつらいときは、すぐに病院に行ってほしい」という伊藤さん

―正しく理解?

 「そうです。ただ、必要以上に力を入れなくてもいいんです。例えば、学校には男性の先生がいるし、指導者の中には男性のコーチもいます。その人たちから、『よし! 今から生理について話すぞ、頑張るぞ! おまえ、生理はどうだ!』って言われても、嫌ですよね(笑)」

―すごく嫌です(笑)。

 「自然な形を心がけていけばよいかと思います。よく、スポーツの世界では、コンディションを整えるには睡眠と栄養と練習が大事と言われますが、それプラス月経と考えてもらえれば。お子さんや生徒さんに対して、睡眠とれているかな、栄養とれているかなって考えますよね。同じように、月経は大丈夫かな、今どういう状態かなと確認する。それでいいと思います。もし、つらそうだったら、病院に行くように勧めてください」

まずは知って、的確に伝える

―指導者が男性の場合、女子生徒は相談しにくいですよね?

 「スポーツ界は指導者の8割が男性ですよね(笑)。その場合、キャプテンが代表して伝えに行くとか、そういうシステムやルートを作るといいかもしれません。でも、逆に、女性の先生の方が言いにくいというケースもあるんです。『そんなの大丈夫だよ』と言われるときがある、と。中には、自分自身の経験、1分の1の経験がすべての人に共通すると思っている方もいます。それも変えなくてはいけません」

写真

「1252プロジェクト」では多くのアスリートとも対談を行っている(「スポーツを止めるな」提供)

―他に注意すべき点はどんなことですか?

 「若い学生たちには、まずは自分自身の体調を知って、的確に伝えられるようになればいいよねと言っています。生理に関しては、本人がどう感じるか、主観的なコンディションが重要で、体調不調と同時にやる気が起きないことも多い。そういうときに頑張ろうと思うと、もっとつらくなる。PMSやPMDD(※)という精神疾患になる可能性もあるので、気をつけなくてはいけません」

PMDD(月経前不快気分障害)

 月経が始まる2週間くらい前から、怒りや情緒不安定など、心身が不安定でつらい状態になり、日常生活に支障を来すこと。日本のある調査ではPMDDは月経がある女性の1.8~5.8%が該当するとされている。

「私が大丈夫だったから娘も」は×

 伊藤さんは2019年に結婚し、お子さんがいます。インタビューでは、生理と子育てについても伺いました。

―ご家庭では生理について話したりしますか?

 「そうですね、夫は理解がある方だとは思います。今日、病院どうだったの?とか、興味は持ってくれるので」

写真

同じ1児の母同士、子育ての話題に笑みがこぼれる

―私たちの記事は保護者が読んでくれることが多いのですが、子どもを見守る上で意識した方がいいことはありますか?

 「そうですね。先ほども話に出ましたが、自分の経験を押しつけないことでしょうか。以前、お仕事で対談した方がいたのですが、その方は初経から症状がひどく、母親に相談したそうですが、母親は何ともなかったので、相談に乗ってくれなかったそうです。『私は大丈夫だったから、娘も大丈夫』ではなく、フラットな目で見てあげてください」

―すくすくメンバーの中に、バレエを習っているお子さんがいる親がいて、発表会のためにピルを飲んでずらした方がいいんじゃないか、でも、まだ小学生の手に負えないのではないかなどと悩んでいます。

 「心配ですよね。でも、今はピルだけではなく、さまざまな対処法がありますので、病院へ足を運んでほしいと思います。今は超低用量、低用量ピル、副作用や血栓症のリスクがすごく低いピルもあります」

―ピルに抵抗のある親も多いです。

 「昔ながらの意識というか、自然の流れに反しているんじゃないかという意見があります。その考えを、私も以前はしていたこともあります。かかりつけ医を持ち、知識が増えていけば、自分にとっての最善策が見つかります。苦しい方向を選ぶ必要はありません。今は小6でも全然早くありませんし、生理の症状がひどい場合は婦人科の先生と相談して、ピルの服用も考えてみてはいかがでしょうか」

選択肢から、自分で選ぶ 

ここで取材に同席していた今川前編集長から質問が飛びます。

―人の意識を変えるのは難しいですよね?

 「周囲の意見をそのまま受け入れてしまう人がいますが、それは違うのでは。自分の体のことは自分が決めるんです。それができるように、お子さんにもそういう話をしてもらいたいですね。こういうこともあって、こういうこともあるよと、選択肢を持たせて選んでもらう。本人が責任感を持てるように。小学校低学年は難しいですが、小5、小6くらいなら持てるはず」

写真

競泳日本選手権女子100メートル背泳ぎ。日本新記録で優勝し、北京五輪代表入りを決めた伊藤さん(左)=2008年、朝倉豊撮影

―小6といえば、中学受験などで大切な時期。その前に婦人科に行って相談した方がいいのでしょうか?

 「その子の生理の症状がどの程度かによりますが、過多月経(※下記参照)や頭痛など生理痛がひどい場合は絶対に行っていただきたい。我慢すれば治るからいいと思う人もいるかもしれませんが、そうではありません。2日目すぎれば大丈夫だからといって、我慢していると、さまざまな症状が出てくることがあります。生理痛を放置すると、いろいろな病気になる可能性があるということを知ってほしいです」

過多月経

 月経時の経血量が多いことを指す。経血時に500円玉くらいのレバー状の塊が出る、ナプキンが1、2時間で交換が必要になるなどの症状があれば要注意。

―病院に行って改善できるなら、そちらの方がいいですね。

 「あと、気をつけるのは、初経が遅い場合です。15歳になって月経が来ていなかったら、病院に行った方がいいと言われています(※)。小学生のときから体重管理をしているような、そういう分野の競技の人は多いですね」

※東京大学医学部付属病院・女性診療科・産科「Health Management for Femail Athletes Ver.3」女性アスリートのための月経対策ハンドブックより引用。

無月経 骨粗しょう症に影響

―レスリングの選手でも、無月経になった人がいるとか。

 「女性アスリートの無月経というのは、多くの場合、視床下部性無月経といって、利用可能エネルギー不足によるものが多いです。運動量と食べている量が比例しない場合に起きるのですが、それを20歳までに繰り返すと、骨粗しょう症のリスクが高まります。骨は20歳で育たなくなりますので、若いうちに骨粗しょう症を発症すると、一生ずっと骨粗しょう症のままです」

―怖いですね。ダイエットでも同じですか?

 「そうです。だから、10代はしっかり糖質を取るということが重要になります。エネルギーになるもの。ご飯とか主食。もちろん、その他の栄養素もバランスよく摂取することが重要です」

―もう少し詳しく教えてください。

 「アメリカスポーツ医学会は、『利用可能エネルギー不足』『視床下部性無月経』『骨粗しょう症』を『女性アスリートの三主徴(Female Athlete Triad:FAT)』 と定義しており、この利用可能エネルギー不足の問題は、国際オリンピック委員会(IOC)でも『スポーツにおける相対的エネルギー不足(REDs)』とし、合同声明を出していることも有名です。生理は他にも、摂食障害や貧血などの問題に関連していると言われています」

「スポーツを止めるな」では、これらのことが学べるテキストブックを発売しています。「1252プロジェクト」の検定を行っており、そのための参考書です。東洋館出版社、2750円(税込み)。興味のある人はぜひ、手に取ってみてください。

写真

―骨粗しょう症は年老いた人のものだと思っていました。

 「すごくいい選手なのに、骨粗しょう症で引退していく選手もいます。無月経は骨粗しょう症だけでなく、女性の健康課題と関連します。まず指標として、月経が定期的に来るのはすごく大事。そうするために調整することは悪いことではなくて、自分に合う方法が見つかれば、世界はすごく広がります」

―先ほどから調整という言葉がよく出てきます。

 「薬などで月経を調整することは、体調を整えるということなんです。おなかが痛いのを我慢していると、子宮内膜症などのリスクも高まりますし、生理ってこんなものかとあきらめてしまいがちですが、本当は違う。対処できるんです。薬だけではありません。私はミレーナ(※下記参照)を入れていますが、入れて良かったと思います。ずいぶん、楽になりましたから」

ミレーナ

 子宮内に装着するT字型の避妊具。正式名称を子宮内黄体ホルモン放出システムという。生理痛や過多月経にも効果があり、生理痛が軽くなったと感じる人もいる。

性別問わず、生理を考えて

最後に男性の私も質問をさせてもらいました。

―女性の大変さ、自分の不勉強さをあらためて知りました。何か男性にできることはありますか?

 「今からでも遅くありませんし、いろいろありますよ(笑)。例えば、奥様に一人の時間をつくってあげてみてはいかがですか。自分のために使う時間ですね。1時間とか30分でも。私はピラティスに通っています。中には、旦那さんに預けるのは申し訳ないという人もいますが、お二人のお子さんです。産むのは女性かもしれませんが、育てるのはできるよねって」

―それならハードルも低そうです。

 「今日、俺時間あるから、どう?って、それでいいと思います。うちの夫も、何時から何時まではいいよって言ってくれます。生理だからではなく、普通に相手を思いやるところに立てば、そういう意識に立てるはず。家事だって、役割が性別で分かれているものではないと思います。お互いの生活の一部ですから」

―生理のことは、男性は踏み込みにくいのですが、男性も考えるべき問題だと思いますか?

 「おっしゃる通りで、男性だから介入しないではなく、男性も一緒に考えていかなければいけない問題です。女性は一生のうち、450回生理がくると言われているのですが、これからは少子化が進み、女性の社会進出がより求められる時代。女性にかかる比重が大きくなる時代です。そう考えると、男性も女性の生理と無関係でいられないはずです」

写真

「男性も生理と無関係ではいられないはず」と話す伊藤さん(右)

―生理が社会を変える。

 「役員や国会議員の比率を見ると、日本は圧倒的に男性が多いです。何か決定するのが男性である以上、男性も学んでいただきたい。クリティカル・マス理論ってご存じですか。ジェンダーの比率で女性の役員を3割にしましょうという活動があって、3割いればマイノリティーの意見を吸い上げられると言われています。ところが、なかなか3割に届かない。では、どうすればいいのか。男性がその声を吸い上げれば解決するんです。男性が女性の意見をもっと考えるようになれば、社会は変わる。私はその第一歩が、生理の問題なんじゃないのかなと思っています」

―参考になりました。ありがとうございました。

「こちらこそ、ありがとうございました」

 2回にわたって生理の問題をお届けしてきましたが、いかがでしたか? 社会を生理の観点から考えると見えてくるものがあること、男女や年齢によらず、生理と向き合わなくてはならないことを学ぶことができました。伊藤さん、ありがとうございました。

写真

◇前編はこちら → 今、知っておきたい「1252プロジェクト」 競泳元日本代表・伊藤華英さんと学ぶ正しい生理の知識【前編】

※「1252プロジェクト」のことをもっと知りたい方は、こちらからご覧になれます。

「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の筆者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。
5

なるほど!

1

グッときた

0

もやもや...

1

もっと
知りたい

すくすくボイス

  • おせっかい says:

    伊藤さんたちのYoutube企画は度々視てましたが、子育て世代向けの取材を受けてくれて感謝します。

    私も近い感じで親に水泳を辞めさせられましたが、親世代も教育不足の人が多いようです。だから子供の婦人科系の不調対策や体型管理(≒栄養摂取)で間違ったことをする人も混じる。

    中学生からトップアスリートまで、栄養不足のせいで月経不順になっているらしき子は現代でもいるんです。

    子供のために、女性の家族のために正しく活かせる知識を持つ人が増えることを願います。

    ちなみに私はピルは血栓予防に自信がないんで漢方薬で生理痛対策をしてますが、アスリートはドーピング対策で飲めないのがまた悩ましいです…

    おせっかい 無回答 40代
  • さなえ says:

    私も初潮からずっと生理痛に悩まされています。子供ができた今も同じで、何かこう気分が落ち込んだり、頭痛がしたりします。

    これまでは生理のときはひたすら我慢と考えてきましたが、記事を読んで「間違っていたのかも」と思いました。

    婦人科にかかるのは、面倒くさいと思っていました。でも、これを読んで、一度相談してみようと思いました。

    夫は私の生理には全く興味を示さないので、男性にも広く読んでほしい記事だと思いました。

    さなえ 女性 30代
  • 甜花 says:

    知らないことばかりでためになった。私もPMSがひどいので、ミレーナとか興味がわいた。生理って深い😅

    甜花 女性 30代

この記事の感想をお聞かせください

/1000文字まで

編集チームがチェックの上で公開します。内容によっては非公開としたり、一部を削除したり、明らかな誤字等を修正させていただくことがあります。
投稿内容は、東京すくすくや東京新聞など、中日新聞社の運営・発行する媒体で掲載させていただく場合があります。

あなたへのおすすめ

PageTopへ