第4子パパ初育休~口唇裂の子を迎えて(1)決意「お父ちゃん、今度こそ頑張る」

山口哲人 (2018年1月17日付 東京新聞朝刊)

写真は口唇裂の赤ちゃん用の特殊な哺乳瓶で授乳する筆者=2017年7月、東京都内の自宅で

口唇裂の赤ちゃん用の特殊な哺乳瓶で授乳する筆者=2017年7月、東京都内の自宅で

 「おなかの赤ちゃんに口唇裂(こうしんれつ)・口蓋裂(こうがいれつ)の可能性がある。精密検査を受けます」。昨年3月2日の昼、取材先から仕事の拠点、東京・永田町の国会議事堂に戻ろうとしていたときだった。無料通信アプリのLINE(ライン)で、妻(37)からメッセージが届いた。

胎児のエコー写真 縦に裂けた唇はっきり

 画面に示されたホームページを開くと、「外表奇形の中で先天性の形態異常には、口蓋が裂けて口腔(こうくう)と鼻腔がつながる口蓋裂や…」。目で文字を追っても、動揺して内容が頭に入らない。妻には「今バタバタしてるからまた後で」と返すのが精いっぱいだった。

 その夜、帰宅して妻からエコー(超音波)検査の写真を見せてもらうと、胎児の唇が縦に裂けているのが素人目にも分かる。インターネットで調べると同じような状態の乳幼児の画像が次々に出てきた。

 説明には「口唇口蓋裂の子は約500人に1人の割合で生まれる」とある。唇や口の中の上部が裂けているため、授乳や摂食の障害、発音障害が起こりやすいという。基本的には生後数カ月で唇の整形手術をするが、その後の成長によって必要な手術の回数は人によって違うとのことだった。

将来いじめに遭うのでは、愛せるのか…不安の毎日

 将来、見た目が原因で、子どもがいじめに遭うのでは? 手術や通院の費用は大丈夫か? ほかの病気は併発しないのか? この子にかかりっきりになることで、上のきょうだいが、ぐれるのでは? そもそも、このような外見の子を愛せるのか?

 それからしばらくは、いばらの道しか想像できず、仕事で疲れているはずなのに眠れない日が続いた。

 中絶も考えた。わが家は既に3人の子宝に恵まれている。4人目の子の病気のことなどを考えると、どうやりくりしても家計も厳しい。だが妻は「4人とも立派に育てたいと思います」と、きっぱり。彼女の動かぬ決意が伝わり、私も(ひんしゅくを買う表現だとは思うが)観念した。

 ちょうどその頃、職場の先輩から「育児休業を取るのもいいかもね」と言われた。このひと言で育休を意識した。出産予定日は7月中旬。私が所属する政治部にとって、繁忙期である通常国会は閉会しているし、東京都議選も終わっている。タイミングは悪くない。

育休、上司があっさり了承 そして迎えた出産日

 でも…。政治部で育休を取った男性記者は、これまで誰もいない。仕事に穴をあけたら同僚にしわ寄せがいく。家計も厳しくなる。悩んだ末、恐る恐る上司に相談してみると「好きなだけ取って良し」。拍子抜けするほどあっさりと了承され、4人目の子にして初めて、真剣に育児に関わることが決まった。

 そして迎えた出産日。これまた初めて、分娩(ぶんべん)室まで付き添った。陣痛で顔をゆがめる妻を目の当たりにし、出産の大変さも、やっと知った。赤ちゃんとの初対面。口の右上が鼻の近くまで裂けている。それでも、何ともいとおしい。この子と家族のため「お父ちゃん、今度こそ頑張る」と誓った。

 育休中の私の主な役割は、赤ちゃんの世話というより、上の3人の子の面倒を見ること。2カ月間の長いような短いような育休が幕を開けた。

入社12年目の政治部記者(37)が、昨年7~9月に育児休業を取得しました。典型的な仕事人間だった筆者の奮闘を、5回にわたって連載します。

〈次回はこちら〉(2)好奇の目?勝手に感じ、おびえていた

2

なるほど!

4

グッときた

3

もやもや...

4

もっと
知りたい

すくすくボイス

  • 匿名 says:

    スゴい❗️育休取ろうと決意した山口記者もスゴいけど、「好きなだけ取って良し❗️」と応えた東京新聞政治部の上司さんもスゴい‼️さすが東京新聞やな〜

      
  • 匿名 says:

    💁‍♀️🙇‍♀️🌸素晴らしいですねぇ。
    もっともっと、ひろがる事を願います🌸頑張って下さい。奥様も、きっと感謝しています。🙇‍♀️

      
  • 匿名 says:

    生まれた時わたしは口唇裂を知りませんでした。嫁はわかっていて自分のせいだと泣いてました。嫁をなだめてましたが、口唇裂の意味はわかってませんでした。
    けど3人目として生まれた子供を可愛いくて仕方なく毎日抱っこを離しませんでした。生まれて1ヶ月も経たない子を滋賀県から愛知県まで連れて行き、最初の手術をし、小学校1年で2回目の手術をした時は充血した顔で手術室から出てきた時泣きました。
    痛いよー痛いよーって言ってました。心の中でごめんごめんていいながら、息子には良く頑張ったって褒めました。妻とも1週間交代で息子の横に居ました。
    今ではクラスの人気者でサッカーでもレギュラーです。今は歯の矯正中で色々大変な事もありますが、可愛い我が子にはかわりありません。

      
  • 匿名 says:

    私達の次女も口蓋裂で産まれてきました。
    はじめは自分を責めて、我が子と向き合うことができませんでした。でも主人が『可愛い女の子だね』と呟いたのです。私は自分が恥ずかしいと思いました。
    主人は何もかも受け入れて、できることをやると決めていたそうです。
    お陰さまで次女は手術、歯科矯正を経て中学二年生で、私よりずっと美人さんです。

      
  • 匿名 says:

    私の女友達は外見からはっきりわかる口唇口蓋裂です。現在50歳ですが小さい頃から口元に違和感はあるものの誰一人彼女をいじめた人はいませんでした。むしろ彼女の人柄に回りが頼っていたくらいです。
    親としては心配はつきないでしょうがどうかのびのびと育ててください。外見に負けない強い子になるよう愛情を注いでください。私の友達のように優しい思いやりのある誰からも好かれる人になりますように祈ってます。

      
  • 匿名 says:

    うちの息子も口唇口蓋裂で生まれました。
    2時間かけて言語教室や歯科矯正に通い、高校生の時に最後の手術を終えました。4人兄弟の末っ子です。今では幼児向けの英語教室を開くほどの英語好きな素敵な奥さんと3人の元気な子供に恵まれ、幸せに暮らしています。こんな時が来るとは、想像も出来ませんでした。本人は色んな事、耐えて来たと思いますが立派な大人になってくれました。スキーが得意で、子供達とスキー旅行によく出かけています。

      
  • 匿名 says:

    お母さんのお腹の中で元気すぎて怪我しちゃったんですね(笑)、この言葉は50年前初産で私を出産した母に語りかけてくれた助産師さんの言葉です。農村地域で娯楽も少なくネットなんてない時代、ご近所さんには格好の話題になった私の誕生。弟も同じでした。物心つく頃、発声練習のため大学病院内のスピーチクリニックに、小学校卒業まで通っていました。見た目や授業で答えの発表などで、発音が悪くからかわれることは日常でした。障害ではない!十人十色で個性だ!負けん気も養われましたが、勉強の方には向いてないな(笑)。そんなこともあり初対面の人には極度の人見知りで、自分から話しかけることはほぼありません。上顎は狭く前歯の二本が乳歯のままでした。噛み合わせが悪かったです。下顎は普通に成長したので高校に入って歯科矯正で噛み合わせを良くしました。それでも身体は健康優良児でした。両親は手術して良くなるなら手術を受けさせて直してあげよう、そして普通の子供と同じように育てようと決めたそうです。今は手術の技術も向上しているでしょうから、キズは以前より目立ちにくくなっているでしょうね。

      
  • 匿名 says:

    愛おしくて、愛おしくて、あたし達のところに来てくれた奇跡。ママ、パパにしてくれてありがとう。
    毎日、あなたが居るのが夢じゃないかと思うくらい、夢のように幸せです。
    これまで、2回の手術も頑張ってくれてありがとう、あと1回ですむことを願い、一緒にがんばろうね。
    あたしにも、口唇口蓋裂の子供がいます。誰よりも愛おしくて、大切な宝ものです。

      
  • 匿名 says:

    普通、と言うか五体満足に生まれてくるのが当たり前みたいに考えていますが私も遠くに居る双子の孫を思うとこの方の記事を読んで胸が熱くなり涙が滲んできました。既に3人のお子さんが居て4人目を産もうとした事だけでも凄いです。

      
  • 匿名 says:

    私の最後の孫は早産の為全盲等の障がいで誕生しました。中学生に成りましたがそれまで色々有りどれだけの涙を流したかわかりません。これからも続くでしょう。
    息子達の一生懸命育てている姿を見ると頭が下がる思いです。私は障がい者の子どもの仕事をして6年経ち70歳を過ぎました。体の続く限り可愛い子ども達と遊びたいと思っています。

      
  • 匿名 says:

    私は、口唇口蓋裂児として生まれました。乳児時の手術、発生練習、幼稚園に通う頃からの歯列矯正、二十歳前後の頃の最終形成手術等、色々行って来ました。
    両親が、どんな思いで私を育ててくれたかを考えると、感謝の気持ちしかありません。私は、他の人よりも、多くの人にお世話になり、また、多くの人と知り合えたことに感謝しております。個性と捉え、今後も、両親はじめ、人に感謝する心を忘れずに、人生を楽しんで生きたいです。

      
  • 匿名 says:

    私の知人で同じ症状で生まれ、大学を卒業後就職して現在は子供2人のご家庭をもっている方がいます。私は小さい頃鼻の下に傷跡があったのを見て、怪我したのかな?くらいの記憶でした。
    育休は2ヶ月でも取得してくれたならいい方だと思います。上の子がいて1人で育児は今思い出しても大変だったなあという感じですが、我が旦那は全く記憶ないそうです。やはり育児の負担は母親中心かなと半ば諦めてますが、その分稼いでもらおうと切り替えて生きてます。

      
  • 匿名 says:

    やはり、男性社員の場合は「育休」といっても2ヶ月くらいが限度になってくるものなのでしょうか。母親の場合は妊娠した時から思うように働かなくなり、産休をとり、(ここまでは生物学上仕方ないとしても、)育休を1年程度とり、復職しても前のようには働けないというのが偽らざる現実だと思います。女性の活躍を推進するならまず男性から。子育て世代の男性が今の女性と同じレベルで、つまり年単位で育休取得や時短勤務などをできる社会にしなければ、結局、家事育児の負担は女性に偏り、いつまで経っても平等に活躍できる世の中にならないと思います。

      
  • 匿名 says:

    9歳・7歳・1歳の三姉妹の母です。うちの三女も口唇口蓋裂です。口唇の手術を終え、3ヶ月後に口蓋の手術を控えています。500人に1人と言われる病気でも、個人差が大きい病気なので、あまり知られていないのかと思います。
    術後泣き叫ぶ我が子を見て、本当に辛い気持ちになりました。次は自我が出て来て、自由に動きたい意思を持つ1歳3ヶ月での手術。かなりの覚悟が必要です。
    必ず治る病気でもその道のりは辛いものがありますが、通り過ぎ振り返ってみれば「大変だったな」と思える日が来ると信じて、家族一丸となって乗り越えたいです。

      
  • 匿名 says:

    先月四人目の孫が生まれました。この子は次女の三男(長女に一人男の子がいるので、孫は四人)、何とも二人のお兄ちゃん達に動くお人形扱いで逞しく育ちそうな、泣くより寝ていたいという子のようです。
    娘は、小2の長男と、保育園の年中組の次男がいるので自宅近くの病院で出産、4度目の産後のお手伝いに行ってきました。
    最初の頃は婿さんもオタオタしている感じで、あまり役には立たないなと思っていたのですが、さすが三人目になると、自分のやることわきまえて、ほぅお父さんもそだったねぇと感心してしまいました。
    育休も取り、家事なんて絶対しそうになかったお坊ちゃん風な婿さんの、手慣れた家事のお手伝いに、娘のお父さん教育の賜物と、子供がうまれることで親となる自覚が生まれるんだなとつくづく思いました。それと同時に、児童虐待、浮気、ネグレクトなどで親にならなかった新聞、雑誌、マスコミを騒がせているひとびとは、どこが分岐点なのかしらと、考えてしまいました。

      

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