「無料産院」で未受診妊婦を支える東京のNPO 費用を肩代わり、乳児の遺棄や虐待をなくすため

熊崎未奈、河野紀子 (2024年10月1日付 東京新聞朝刊)
 予期せぬ妊娠や経済的な不安を理由に、病院に行かずに出産を迎える「未受診妊婦」がいる。母子の健康を守れないだけでなく、社会で孤立し、赤ちゃんの遺棄や虐待死につながるリスクも高い。こうした事態を防ごうと、東京のNPO法人が健診・出産費用を肩代わりする「無料産院」事業を始めた。
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無料産院事業を利用して出産した岐阜県の女性=同県北方町のいとうレディースケアクリニックで

「想定外」の妊娠 病院に行けず

 岐阜県の30代女性が妊娠に気付いたのは、今年4月ごろだった。小中学生の子を育てるシングルマザーで、妊娠は「想定外」。相手の男性とは連絡が取れず、子どもたちにも言えなかった。体調が悪くて働けず、経済的にも厳しい。病院に行けないまま日が過ぎていった。

 そんな中、認定NPO法人フローレンス(東京)が始めた無料産院事業をテレビで知った。8月、同法人と提携する病院の一つ、同県北方町のいとうレディースケアクリニックを訪れた。検査の結果、妊娠36週で、高血圧のためすぐに産む必要があると分かった。4日後、帝王切開で男の子を出産。赤ちゃんは特別養子縁組ですぐに育ての親が決まった。

 受診、出産にかかった費用は、フローレンスが全額負担した。無料産院がなかったら「どうなっていたか分からない」と女性。それでも「産めて良かった。元気に育ってくれたら」と涙を浮かべた。

 フローレンスが事業を始めたのは昨年6月。岐阜県、東京都、京都府にある計四つの病院と提携する。支援する健診・出産費用は、寄付金と助成金でまかなう。今年3月までにフローレンスの窓口や病院に46件の相談があり、このうち、収入が少ない、中絶できる週数を過ぎているなど支援の対象に当てはまる11人が利用し、出産した。

 本来、妊婦健診の費用は自治体からの助成がある。ただ、助成を受けるには妊娠確定の診断が必要で、初回の受診料は払わなければならない。ほかにも経済的に困難な妊婦に対しては、自治体が入院、出産の費用を支援する助産制度もあるが、前年の収入があると対象にならなかったり、審査に時間がかかっている間に出産を迎えたりすることも多いという。

公的制度のはざま…本来は国が

 フローレンスの無料産院事業責任者の石原綾乃さんは「公的制度のはざまからこぼれ落ちてしまう妊婦さんは少なくない」と指摘する。実際に自治体から「支援対象にならないが困っている妊婦がいる」と相談がくることも多いという。

 こども家庭庁によると、2022年度に虐待(心中以外)で死亡した子ども56人のうち44.6%が0歳児で、中でも生後0カ月が最も多かった。虐待死の約3割は実母が妊婦健診を受けておらず、主な加害者で最も多いのも実母だった。石原さんは「誰にも相談できず、孤立した結果、こうした事態になってしまう。お金の不安がなく、安心して出産できる仕組みが必要」と強調する。

 一方、未受診妊婦の出産は母子の健康状態が把握できず、病院の負担も大きい。いとうレディースケアクリニックの伊藤俊哉理事長(72)は「病院としてリスクはあるが、困っている妊婦と赤ちゃんを助けたい一心」と話す。重篤な場合に大学病院などに搬送する連携ができていることもあり、参加を申し出たという。「もっと多くの病院に広がってほしい」と願う。

 フローレンスの石原さんは「本来は国が行うべき政策」として、政府に健診、出産の公的支援の拡充を訴える。

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