学童保育の不適切な運営、保護者はどう対処? トラブル対応、子どもへの接し方… 複数の児童が退所した横須賀市の事例から考える

学童保育を利用するに当たり、保護者が留意したいことについて話す全国学童保育連絡協議会の事務局次長・佐藤愛子さん(左)と、千葉智生さん=東京都文京区で
話も聞かず「相手保護者にクレームを報告」
「先ほど、相手の保護者様にクレームをご報告致しました」。小学生の娘を横須賀市内の民設民営の学童保育に預ける母親(40)は昨年、学童の代表者からのメールに目を疑った。
当時1年生だった娘が、学童で年上の男児から意地悪をされると泣いて訴えたため、その旨を伝えた上で、欠席の連絡をしたメールへの返信だった。やりとりは開所時間前。「児童本人から話も聞かない段階で、どうして。子ども同士のことだから、うちの子にも何か問題があったり、相手の子にも理由があるかもしれない。相手の保護者に謝ってほしいわけではないのに」と不信感を抱いた。
後日、代表者と話した際に「ところで何があったのですか?」と聞かれ、「子どもに聞き取りもしていないのか」とがくぜんとした。
以前にも不安を感じる対応があったため、市の担当課に相談したところ、「指導します」との回答。しかし、以降も代表者が大声で子どもを怒鳴る場面を目撃するなど、適切な保育だと思えないことが続き、2月に退所した。仕事のピークに重なったが職場に無理を言ってテレワークで対応した。

小学生の娘が学童保育を利用できなくなり、テレワークを利用して仕事をする母親。「娘も私が仕事に行けないことを申し訳ないと思っている様子だった」と振り返る=神奈川県横須賀市で
違和感はあったが… 学童の「普通」って?
娘は4月から、新設された別の学童に通っている。通学途中にあった以前の学童と違い、新しい学童は学校を挟んで自宅と反対側に10分ほど歩いたところにあり、距離は遠くなった。
他にも複数の児童が同じタイミングで学童を移った。娘がトラブルになった男児もその一人だ。男児の保護者とは直接やりとりし、お互いの子どもの状況を伝え合って「子ども同士だからトラブルもありますよね」と理解し合えた。子ども同士も打ち解けて仲良くなったが、学童の対応については「おかしいよね」「子どもに対しても、声を荒らげて乱暴な言葉遣いで言うことを聞かせようとするのが気になる」と保護者間で共通の認識を持った。
母親は「前から子どもへの接し方に違和感はあったが、『こんなものだ』と思い込んでいた。市民には学童の『普通』は見えない。別の学童を知って初めて、最初の学童の異常さに気付いた」と振り返る。
大きい「研修格差」 自浄作用も働かない
冒頭の学童の対応について、横須賀市学童保育連絡協議会の事務局次長、永松範子さんは「子ども同士のトラブルが起きたら、まず本人たちに話を聞いて情報収集し、その上で保護者や子どもの気持ちの橋渡しをするのが職員の仕事」と指摘する。「運営者や職員は、学童のあるべき姿を学ばなければいけない。行政や市学童保育指導員会が開く研修に参加することも大切だが、指導員が勉強に来ないところや、運営者が参加させないところもあり、『研修格差』が大きい」と危惧する。
永松さんは、「市学童保育連絡協議会に加盟していれば、他の学童の取り組みなどに触れることで自浄作用が働き、適正な運営をしようという意識が高められる」と話す。しかし、現在市内にある約80の学童のうち、約3分の2は加盟せず独立しているため、「運営の実態がつかめないでいる。保護者から相談や苦情が来てからの対応になり、後手に回ってしまっているのが現状」と明かす。
永松さんは「多くの学童の運営は適切に行われており、不適切な保育をする運営者のせいで、横須賀市の学童全体のイメージが低下するのは残念」と話す。市の対応についても、「国が2015年に定めた運営指針を受け、監査を厳しくし、会計や保育の状況についてのヒアリングを進めるなど、市も努力している」と評価する。ただ、行政が来る時だけ取り繕う運営者もいるため、実態は見えにくい面があるという。
市の監査「実態が把握できない可能性も」
横須賀市放課後児童対策担当課長の田中慎一さんは「個別の事案については話せない」とした上で、こうした学童の不適切な保育などについて相談があった場合の一般的な対応についてこう説明する。「保護者からの訴えが事実かどうかを確認し、事実であれば、対応が適切かどうか、放課後児童クラブの運営指針や市の条例と照らし、『こういう点が不適切ではないか』と指導し、何らかの改善策を検討してもらう。基本的には、この流れの繰り返し」
電話で対応することもあれば、案件によっては直接学童を訪ね、時間をかけて聞き取るケースも。現地を訪ねての指導監査は1~2時間かかることから、児童の利用時間外に行うため、「子どものいる場での保育の実態を正確に把握できない可能性や、市職員が訪ねた時と普段の対応が違うケースも十分あり得る」と実態を把握する難しさを認める。
違和感があったら話ができる関係づくりを
全国学童保育連絡協議会の事務局次長、佐藤愛子さんは「保護者は何かあってから対応するのではなく、常日ごろから職員や保護者同士、違和感があった時に話ができる関係をつくっておいてほしい。一緒に良くしていこうという気持ちが大事」と話す。その上で、学童側と話す際や行政などに訴える時は、「個人ではなく、複数の保護者の声として届けてほしい。そうすることで問題を保護者間で共有でき、その場限りではない、よりしっかりとした対応を取ってもらえる」と助言する。
佐藤さんは「多くの学童は、補助金を受けて運営している。届け出を受理する自治体には、その運営が適正かをチェックし、指導する責任と権限がある」とも。ただ、補助金を停止すると運営できなくなる学童が多く、待機児童の発生を避けたい行政は二の足を踏みがちだ。
市の姿勢に変化「補助金の不交付も視野に」
横須賀市内の学童保育施設は、この4月で新たに4カ所増え、現在83カ所。2015年度の59カ所から10年間で24カ所増えた。利用児童数も2015年度には1589人だったのが、昨年度は2643人と増加。待機児童数は、23年度は50人、昨年度は施設が3カ所増えたにもかかわらず44人と、横ばいのままだ。
市担当課長の田中さんは「子どもの数が急激に減る一方で、学童の児童数は増加している。少子化が進む中で、新規開設の費用をどこまで投じるかは悩ましい」と話す。学童のない地域を中心に新規開設を進めているが、すでに複数の学童がある地域に「選択肢をつくる」ための開設までは難しいと明かす。
運営に問題がある学童があっても、「受け皿がない中で補助金を停止すると、そこを利用する子どもの行き場がなくなり、働けなくなる保護者が出てしまうので、これまでは現実的な選択肢として考えにくかった」と振り返る。
そうした中、市の姿勢に変化があった。同市の上地克明市長は2月の市議会定例会で、冒頭の学童での不適切な対応に関する代表質問に対して、「継続的に不適切な事案が発生する場合は、今後、補助金の決定取り消しや不交付も視野に入れて対応を検討する。受け皿の整備も検討し、待機児童が発生しないようにする」と踏み込んで答弁。市担当課長の田中さんは「受け皿がないことが補助金停止の足かせになっていたが、今後は一歩踏み込んでやらねば」と話している。
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筆者 今川綾音
1978年、埼玉県生まれ。2005年中日新聞社入社。2017年から、子ども・子育て関連の取材を担当。現在は東京すくすく部の記者として、「子育てをする側の状況はどうか」という視点で、成長・発達にまつわる悩みや子どもの事故、産後クライシスや社会的養護、学童保育の取材を続ける。2021年9月から3年間、「東京すくすく」の2代目編集長を務めた。小中高生3児の親。
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