虐待死の心愛さん、届かなかった「自分への手紙」 死の3カ月前「未来のあなたを見たいです。あきらめないで下さい」

北島忠輔 (2020年1月25日付 東京新聞朝刊)
子育て世代がつながる
 千葉県野田市の小学4年生栗原心愛(みあ)さん=当時(10)=が親から虐待を受けて死亡した事件から、24日で1年。傷害致死罪などで起訴された父勇一郎被告(42)の両親らが本紙の取材に応じた。家族の話や心愛さんが残した作文からは、不安定な家庭環境でも希望を失わず、懸命に生きていた姿が浮かぶ。
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亡くなる3カ月前、栗原心愛さんが2018年10月に書いた「自分への手紙」。約5カ月後の終業式で見るはずだったが、その前の19年1月24日に亡くなった

結びの一文「あきらめないで」…祖母は泣き崩れた

 昨年3月27日。心愛さんが通っていた小学校の教頭から祖母(68)に「通知表を作りました。受け取ってもらえますか」と電話があった。

 教頭は通知表や作文、絵などを手渡した最後に、「これは昨年(2018年)10月に書いたものです」と1枚のプリントを差し出した。終業式に向けて、心愛さんが書いた「自分への手紙」だった。

 「3月の終業式の日。あなたは漢字もできて、理科や社会も完ペキだと思います。10月にたてためあて、もうたっせいできましたか」「5年生になってもそのままのあなたでいてください」

 鉛筆で書かれた、きちょうめんな字が並んでいた。

 「未来のあなたを見たいです。あきらめないで下さい」-。最後の一文が目に留まり、祖母はその場で泣き崩れた。

当時は祖父母宅から通学「心も体も成長した時期」

 心愛さんが「手紙」を書いた18年10月は、勇一郎被告らと住んでいたアパートに近い祖父母宅から通学していた時期。心愛さんは音楽会で歌うパートを風呂で練習し、「5年生になったら金管バンドに入る」と楽しそうに話していた。祖父は「箸の持ち方から、年下のいとこの面倒を見ることまで、心も体も成長した時期だった」と振り返る。

 12月の持久走大会は完走。学校に提出した日記には「全力で走りきりました」「満ぞくいかない順位になってしまいました。でも、とてもいいタイムを出せたかなと思いました」とつづった。

 勇一郎被告の妹は、心愛さんが「パパに『よく頑張ったな。順位よりも最後まで走ることに意味がある』と頭をなでられたんだよ」と話していたことを覚えている。「兄は『何事もやり遂げる子になってほしい』と話していた。心愛も『パパに認められたい』と頑張っていた」

「孫を失い、息子が罪に問われるとは、想像も…」

 持久走大会から3週間後のクリスマスの日、心愛さんは父親のアパートへ戻った。起訴状によると、勇一郎被告はその年末から翌年1月にかけて心愛さんに暴行を加え、死亡させたとされる。「あきらめないで」と自らを励ました「手紙」を手にする前に、心愛さんは短い生涯を終えた。

 「孫を失い、息子が罪に問われるなど、想像もしなかった」

 祖父母宅の居間のテーブルには、心愛さんの写真やランドセルが置かれている。「私たちが会う時は、虐待の形跡は見当たらなかった。近くにいながら助けてやれず、悔やみきれません」。この1年、祖母は勇一郎被告と面会できていない。「心愛ちゃんに対して、どう思っているか。裁判で見届けたい」と話した。

千葉県の小4女児虐待死事件

 千葉県野田市立小4年の栗原心愛さん=当時(10)=が2019年1月24日、自宅浴室で死亡し、父親の勇一郎被告が傷害致死罪などに、母親が傷害ほう助罪に問われた。17年11月、心愛さんは学校アンケートで「お父さんにぼう力を受けています。先生、どうにかできませんか」と訴え、県柏児童相談所が一時保護したが、約1カ月半後に解除した。事件後、アンケートの写しを市教委が勇一郎被告に渡していたことが発覚するなど、行政対応が問題となった。母親は19年7月、執行猶予付きの有罪判決が確定。勇一郎被告の裁判員裁判初公判は2月21日に千葉地裁で予定されている。

元記事:東京新聞 TOKYO Web 2020年1月25日

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