青学大陸上部を支える寮母・原美穂さんの「見守る力」 弱小校が箱根常連へ…伸びる子の共通点は? 子育てに生かしたい声かけのコツ

谷野哲郎

コラム「アディショナルタイム」

写真 「寝癖がついてる」と笑顔で学生に話しかける原美穂さん=東京都町田市の町田寮で(木口慎子撮影)

「寝癖がついてる」と笑顔で学生に話し掛ける原美穂さん=東京都町田市の町田寮で(木口慎子撮影)

 お正月の風物詩・箱根駅伝が1月2日、3日に行われます。来年は記念すべき第100回大会。ということで、今回は箱根駅伝の常連校、青山学院大・陸上競技部の学生寮の寮母を務める原美穂さん(55)に話を伺いました。子どもたちへの声かけのコツは? 速く走る子どもに共通することは? テーマはずばり、「見守る」力です。

弱小チームが成長 9年間で優勝6回

 原さんが青学大・陸上競技部(長距離ブロック)町田寮の寮母になったのは、2004年のこと。夫である晋さんの監督就任に伴い、広島から東京都町田市に引っ越してきました。

 「あの頃は『うちの大学って陸上部があったんだ』って言われるくらい弱小チームで」。原さんは懐かしそうに話しますが、その後、チームは大きく成長。2015年からの9年間で6回の優勝を飾るなど、今では箱根駅伝の常連校になりました。

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箱根駅伝で優勝し、胴上げされる青学大・原晋監督(2017年)

 そんな原さんは普段、どのように学生と接しているのでしょうか? 「競技で入った子たちなので、せめて、寮では楽しく、ほっとできる家みたいな感じにしたいなとは思っています。あと、人とのコミュニケーションは会話だと思っていますので、話し掛けられるときには話し掛けるよう、気を付けています」

その後どう? 声かけは「次」が大事

 現在、町田寮には36人の学生が生活しており、一口に話し掛けるといっても、大変そう。声かけのコツを聞くと、こんな話を教えてくれました。

 「そうですね、例えば、私に何かあったとき、誰でも『大変だったね』とか、その場は話を合わせてくれると思うんです。そのあと、少し時間をおいて、『そういえば、あのとき、こういうふうに言っていたけど、その後どう?』って言われると、『あ、私のこと、考えてくれていたんだな』って思いますよね。そうすると、お互い、いい方向に行く気がします」

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授業に出掛ける学生に「いってらっしゃい。気を付けて」と声を掛ける原さん

 大事なのは「次」の会話。話しっ放しで終わらせず、アフターケアをするのが秘訣なのだとか。「最初に寮に来たときは試行錯誤の連続だったのですが、結局は人と人。学生でも一人の人間として接することが大事なんだと気付いてから、少し楽に考えられるようになりました」

伸びる子は「部屋がきれいなんです」

 これまで毎年のように素晴らしい走者を輩出してきた青学大。結果を出す子ども、実力を伸ばす子どもに共通することってあるのでしょうか? 原さんは、意外なところを指摘しました。

 「駅伝で結果が出る子って、部屋もきれいなんですよね。5000メートルくらいだとセンスだけで走れてしまうのですが、駅伝は20キロくらいあるので、センスだけでは走れない。そのときだけいくら一生懸命走っても、日常生活がしっかりしていないと結果に結び付かない。それが駅伝なんです」

 例に挙げたのは、昨年の箱根駅伝で2区を走った近藤幸太郎選手(現SGホールディングス)。1年生のときはそれほど目立つ存在ではなかったものの、着実に一歩ずつ力を付けて、エースになったと言います。

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【左】インタビューに応じる原美穂さん 【右】箱根駅伝を走る近藤幸太郎選手(2022年=写真左)

 「うちは練習日誌を書いて提出しなければいけないのですが、中には1カ月くらいためて、メニューとか天気とか、後で調べて書いたりする子もいる。そうかと思えば、近藤君みたいに毎日しっかり自分と向き合って、練習日誌を書く子もいる。走ることと直接関係ないことでも、地道なことをできるかできないかは大事だと思います」

 ポイントは一時的に散らかっているだけなのか、それとも、だらしない汚さなのかを見極めること。「もし、『後にしよう』という姿勢で汚いのであれば、トレーニングも『明日やろう』『次にやればいい』と延び延びになってしまいますから」

 うちの子の部屋はどっちのタイプだろう? 思わず考えてしまいました。

他人と比較せず自分と戦う子は強い

 次に原さんが挙げた伸びる子の特徴は「他人と比較しない」でした。

 「人と比べないことですかね。アイツが練習しているからやろうとか、アイツがやらないからやらなくていいとか、そういう考えだと、結局、自分の能力は伸ばせないと思います」

 「監督もよく言うんですよ。『何人かで走るのが好きか、1人で走るのが好きかというと、やっぱり1人で自分と戦いながら走る子が強い』って」

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一人で練習する大切さを口にする原さん

 話を聞いて、野球の大谷翔平選手のことを思い出しました。日本ハム時代の自主トレを取材したとき、大谷選手は「1人でやるのが好きなんです」と言って、1人で黙々と打って投げての動作を繰り返していました。自分と向き合うことは子どもの成長に必要なことなんだとあらためて思いました。

見守りの極意は「結構、適当に(笑)」

 原さんと話をして感じたのは、子どもたちを「見守る力」でした。考えてみると、鋭い観察力がなければ、寮母という仕事はできないのでしょう。ここからは、その「見守りのプロ」に、気になることを全て聞いてしまいましょう。
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最近の子どもたちの傾向について語る原さん

今の子は褒められるのが好き

-2004年に寮を任されてから、来年で20年です。学生の変化は感じますか?

 「それはもう(笑)。今の子はインスタグラムとか、TikTokとかSNSで、自分を見てもらってうれしくなる、『いいね』って褒めてもらえることでモチベーションが上がりますよね。昔は『見られていなくても俺はやる』でしたが、今は『見てくれているから頑張ろう』という子が多いです」

-今の子は褒められるのが好き?

 「好きですね(笑)。でも、だからこそ、褒めるタイミングが大事で、頑張ってないのに褒められると頑張らなくなってしまう。ちゃんと見ていて、褒めてあげないといけないときに褒めるのが大切かなと思います」

成功体験をさせてあげるには

-教育方針に変化はありますか?

 「監督はよく、『失敗は成功のもとというけど、成功に勝る成功はない』と言うのですが、私もそう思います。1回でも波に乗った子は、その成功が忘れられないので、放っておいても頑張るようになります。なので、どうやったら成功体験をさせてあげられるのかをいつも考えています」

写真 寮内の様子

寮内には、学生の成績や自分たちを鼓舞する激励の言葉があふれている

-学生への声かけは難しそうです。何かテクニックはありますか。

 「監督は怒ったあとに必ず褒める作戦。『最後に褒められたら、それが残るから』って言うんです。私は割と褒めたあとで、『あ、でも、これをこうしたら、もっとよくなるかもね!』って、気になっていたことを、ついでに言っちゃう作戦でやることが多いかもしれません(笑)」

結果が出ない子への声かけは

-駅伝は残酷な競技でもあります。例えば、箱根の場合、実際に走れるのは10人だけ。その他はサポートに回ります。結果が出ない子にはどのように声を掛けるのでしょうか?

 「その質問が一番難しいです。うーん、慰められるのが嫌な子もいるので、何も言わないことの方が多いですかね。みんな箱根に出たいと入ってくるのに、1回も走れない子もいる。それでも、それをのみ込んで走っている。そうなると、私にできるのは、結果や速さではなく、頑張ったことを認めてあげることかなと思います」

写真 寮内の様子

-子どもの結果が出ないと、親は「もっと頑張れ!」「努力が足りないからだ」と責めてしまいがちです。原さんの考えはスポーツをする子を持つお父さんお母さんの参考になりますね。

 「言わなければいけないことは言わないといけません。でも、親御さんは自分の子どもがかわいいので、言わなくてもいいところまで言ってしまう人がいますよね」

親子がギスギスしないために

-何か良いアドバイスはありますか?

 「結構、適当になることです(笑)。一番良くないのは、親が『私がこんなに頑張っているのに!』ってなってしまうこと。ちょっとのミスも許せなくなってしまって、親子の関係がギスギスしてしまいます」

-なるほど。

 「意外に子どもって、子どものことより、自分の好きなことを好き勝手にやっている親御さんが好きだったりするんですよ。『うちの親ってこんなんなんですよ~』って言いながら、お母さんのことがすごく好きだったりする。応援に行くのも、自分が好きだから行くと考えて、あまり、この子のためにって思いすぎないことが大事かもしれませんね」

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-実感がこもります。

 「私がそうだったんです。私には子どもがいないのですが、急に寮母さんにならなければいけないとなったとき、寮母さんはお母さんの代わりだから、これもしなきゃ、あれもしなきゃと、押しつぶされそうになりました。でも、悩んだ末、自分のできることを自分のできる範囲でやればいいと思ったときに、割とすとんと胸に落ちたんです」

 わが子を箱根で走らせたいという人も、そうでない人も、寮母として培ってきた原さんのノウハウは参考になったはず。「見守りのプロ」の言葉には重みがありました。

 来年で寮母になってから20年。原さんはこう話します。

 「そろそろ、ゆっくりしたいねって監督とは話をしています。ただ、うちの部は箱根に出始めてまだ10年くらい。OBの年齢が若すぎて、まだ現役で走っていたりするんです。いい人が見つかるまで、もう少しだけ頑張ってみようかなと思っています」

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原美穂(はら・みほ)

 青山学院大・陸上競技部町田寮寮母。1967年、広島市生まれ。2004年から、夫で青学大陸上部監督の晋さんと二人三脚で学生たちをサポート。箱根駅伝4連覇などに貢献してきた。著書に「フツーの主婦が、弱かった青山学院大学陸上競技部の寮母になって箱根駅伝で常連校になるまでを支えた39の言葉」(アスコム)がある。

 「アディショナルタイム」とは、サッカーの前後半で設けられる追加タイムのこと。スポーツ取材歴30年の記者が「親子の会話のヒント」になるようなスポーツの話題、お薦めの書籍などをつづります。
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  • OB says:

    最後の「そろそろ、ゆっくりしたいね」の部分に今までの苦労や喜び全てが詰め込まれているように感じました。
    いつかは監督が代わる時が来ますが、笑顔でゴールするチームカラーは続いてほしいと思っています。

    OB 男性 40代
  • ヤマタさん says:

    素晴らしい記事だと思います。親と子がともに成長できる見本的な内容、現実な過程が表現されていて、素晴らしかったです。

    ヤマタさん 男性 70代以上
  • 匿名 says:

    凄い奥さんですね。この一言です。

     男性 70代以上
  • RUI says:

    青山の強さの理由がよく分かる記事🙂

    RUI 女性 20代
  • いいじま says:

    中学生の子供がいて、陸上をしています。選抜チームに入れるようになって、将来、箱根で走りたいと言うようになりました。どんなことに気を付けたらいいのか、調べているときこの記事を読んで、勉強になりました。お部屋のこともそうですが、日頃の自己管理が大事ということだと子供に伝えます。ありがとうございます

    いいじま 女性 40代
  • 大吉 says:

    箱根駅伝は今年で100回だとか。こうやってずっと寮とか合宿とかの共同生活で成長させてきたんだろうな。期待の次世代エース黒田君がさらりと出てくるのが、たまらん😄

    大吉 男性
  • 石神 says:

    子供に成功体験をさせるってやっぱり大事なんだ。記事を読んでいろいろ考えさせられた。

    石神 男性 30代

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