勉強とは何か。学校という「群れ」を離れて進学を目指す中高生へ… 注目の詩人・向坂くじらさんとその恩師・柳原浩紀さんが伝える「自学自習法」

(2025年5月5日付 東京新聞に加筆)
写真:向坂くじらさんと柳原浩紀さん

学校という「群れ」を離れた中高生に向け、自学自習法を発信する向坂くじらさん(左)と柳原浩紀さん=東京都杉並区の「嚮心塾」で(池田まみ撮影)

 学校に行けない・行かない、学習スタイルが合わないなどの理由で学校という「群れ」を離れて進学を目指す中高生に向けて、「力がつく勉強方法を探して、くじけずに学び続けてほしい」とエールを送る2人の教育者がいます。芥川賞候補にもなった詩人で国語教室を主宰する向坂(さきさか)くじらさん(30)と、向坂さんの恩師で学習塾を主宰する柳原浩紀さん(48)は3月に共著「群れから逸(はぐ)れて生きるための自学自習法」(明石書店)を刊行。「成果が出なかったり、モチベーションが上がらなかったりするのは、力がない・努力が足りないからではなく、方法が合っていないだけ」と強調し、経済的な事情に左右されず誰もが手の届くやり方で、自ら学ぶヒントや教材を選ぶ時の判断基準を丁寧に伝えています。

学校を離れて学ぼうとすると

-学校から離れた子どもたちに向けて、自ら学ぶ方法を発信するようになったきっかけは?

向坂さん 「学校を離れることが、学びの機会を奪われることにならないように」という思いから、不登校の子やフリースクールに通う中学生の支援をしてきました。一方で、自分に合った勉強法や教材に出会えなかっただけなのに、「頑張ったけれどダメだった」「自分はそもそも勉強ができないんだ」とくじけ、諦めてしまう子どもたちがいることに、もどかしさと危機感を抱いてきました。

例えば、学校を離れた中学生が「高校受験もあるし勉強はしよう」と、一番身近にある学校の教材を使って始めると、成果が出にくいことがあります。授業で使ったり、学校でテストを別にしたりする前提で作られている教材もあるからです。また、フリースクールなど学校外の学びの場には福祉の観点から居場所として立ち上げられたところも多く、学習の体系が十分に整っていないこともあるのが現状です。

写真:向坂くじらさん

こうした独力で学ぼうとする中学生に向けた「【中学五教科】自学自習のための参考書・問題集リスト」を、2023年7月に高校時代に通った塾の恩師でもある柳原浩紀さんの協力を得て作成し、インターネットの投稿プラットフォーム「note」で発信しました。

今回の共著「群れから逸れて生きるための自学自習法」(通称・群れはぐ)は、このリストがきっかけになって生まれました。

-「群れはぐ」は、このリストから大きく発展し、「学ぶとは何か」を掘り下げた理論編6章と、単語の覚え方から問題集に取り組むタイミングまで、教科ごとの学び方を丁寧に解説した実践編5章で構成。「勉強する理由は『楽しいから』か?」「勉強仲間は必要か?」といった5編のコラムにも力を入れています。

書影

向坂くじらさんと柳原浩紀さんの共著「群れから逸れて生きるための自学自習法」(明石書店)

柳原さん 「自学自習のための参考書・問題集リスト」に挙げた教材を使うだけでなく、「なぜ、その教材を選んだのか」「なぜ、その教材をやるとよいのか」まで理解してほしいと思っています。自分で「この本もいいな」と選んでいけるようになることが理想だからです。

そのきっかけになる考え方を提案したいというのがこの書籍の出発点です。自分で勉強方法や教材を選ぶための判断基準が子どもたち自身の中にできるように、「そもそも勉強って何が大事なのか」「どういうふうにやっていくものなのか」から語っていく必要があると考えました。

「力のつく勉強方法」とは?

-何か特別な勉強法があるのでしょうか?

柳原さん 力のつく勉強方法とは決して特別なものではなく、むしろ基礎を大事にするオーソドックスな勉強法です。基礎があやふやなせいで、学校や塾の決まったやり方でうまくいかない時に「自分には無理だ」「自分はダメなんだ」と自信をなくしてしまう子がいます。

写真:柳原浩紀さん

まずは教科書を学ぶべきです。読んだり手を動かしたりして学習内容を理解し、身につけることがまずは必要なのに、そこがあやふやな状態の子にワークブックや問題集などを大量に課してしまう大人が多いことを危惧しています。

当たり前の基礎が一番大事だと知ってほしい。そのために「どういうことが基礎なのか」「最低限何をやるべきなのか」「取り組むレベルの見極め方」を発信してきました。学校で使う教科書をベースにした学習は、塾や予備校に行かなくても誰もが手の届く勉強法なので、教育格差を埋める一つの手段でもあります。

モチベーションが下がる理由

-「勉強しよう」というモチベーションを持つ・保つこと自体が難しい子どももいるのでは。

柳原さん 勉強へのモチベーションが下がるのは、勉強のやり方や教材が合っていないサインです。モチベーションの低下を根性論で乗り越える方向に行きがちですが、「そもそもやり方がまずいのではないか」という見方を持つことが非常に大切です。「自分がダメだから」ではなく、「この方法が合っていないんじゃないか」と考えてほしいです。

決して学校や塾が悪いのではなく、それほど一人一人にフィットした勉強法を見つけるのは難しいんです。むしろ、うまくいかないのが普通で、その中で「もう少し合う方法があるんじゃないか」と探していくことが大事です。大人はうまくいかない子どもに対して「もうちょっと頑張ったら?」と言ってしまいます。そうではなく、大人も方法を見直すことに目を向けると、いい方向に行くのでは。

写真:柳原浩紀さんと向坂くじらさん

勉強って本当は楽しいもの?

向坂さんは「勉強はしんどい」と正直に認めています。

向坂さん 勉強を勧める時に、大人は「勉強って楽しいよ」とついつい言いたくなってしまうし、楽しい部分もなくはないのですが、やはり、自分のできないところを見直して修正していく作業はしんどいもの。けれどそれは、勉強に限らず、スポーツなどにも見られる「より良くなっていくことが持っているしんどさ」で、自分のできなさを直視しようとするほど、感じざるを得ないものです。

「やるべきだと分かっていることを、いかにしてやるか」ということを考えざるを得なくなった時に、こういう考え方が役に立つといいな、と思っています。

何をすべきか道筋が見えない

-学校という群れからはぐれた時に、子どもたちは、まず何をすればいいかの道筋が見えないのでは。

柳原さん 「学校と勉強は切り分けた方がいい」と伝えています。学校に行きづらいな、行けないな、となった時には、「でも勉強はした方がいいよね」と切り分けることを勧めます。

勉強して、いろいろなものに振り回されずにものを見る目を鍛えていくことができれば、より自由になれるかもしれません。さらに、コツコツ勉強していくことで、それを評価してくれる人とつながり、学校とは別の新たな群れをつくることができます。

日本の場合、最初に入った群れで適応できるかどうかがどうしても重視されてしまいがちです。その群れからはぐれた時に、落ちこぼれだ、と見られてしまう。「なんだったらその群れの方が間違っているんじゃないか」という見方をしにくい文化があると感じます。

勉強以外でもいいのですが、自分が好きなことや大事なことを続けていくと、また新たなコミュニティーやつながりができてきます。学び続けることは結局、自分の能力となって自分を守ってくれるだけではなく、新たな群れと出会うための自分を守ってくれるものなんです。

写真:柳原浩紀さんと向坂くじらさん

一つ一つの不安を切り分けて

-保護者は学校へ行かない子どもを前にすると不安になってしまいます。どういう視点で考えるとよいのでしょうか。

柳原さん 保護者も子どもと同じで、一つ一つの不安を切り分けることが大事です。「学校に行かない不安」は、学校に行かないから不安なのか。勉強が遅れるから不安なのか。友達付き合いができないから不安なのか。

さまざまな不安がぐちゃっとなった状態では対処法がありません。でもその中で、例えば「学校に行かなくても、勉強はこうできるよね。友達付き合いはここでできるよね」と一つ一つの要素に切り分けると、「これはこういうやり方でも補えるよね」「これはむしろこっちの方がいいよね」と具体的な対策ができてきます。

それができないと、保護者はいわゆる「正常ルート」とされるところに「とにかく戻ってほしい」と考えてしまい、結果として子どもがつらい状況に置かれてしまう。

何が不安なのかを明確にしていくことが大事なのですが、「じゃあ勉強はどうしたらいいの?」「そんなこと言ったって、学校に行かないで勉強をどうしたらいいか分からない」という家庭が普通だと思います。そういう時に、「基本を大事にして、自分で進めていける勉強法もある」というのが一つの支えになると思います。

写真:柳原浩紀さんと向坂くじらさん

「今までの方法」がベスト?

柳原さん 学校に行けない・行かない子どもを前にした時に、大人が「なんとかしてあげたい」という気持ちになるのは当然だと思います。その際に「今までの方法が一番だ」という思い込みを捨てることが大事です。

今までの方法・今までの場所に復帰させてあげることが一番なのではなく、「今困っているのは今までの方法やアプローチがまずいからだ」と思い至ることが、保護者や学校や塾の先生には必要だと思います。

増え続ける不登校の子どもたち

文部科学省によると小中学校における不登校の児童生徒数は2023年度、前年比15.9%増の34万6482人に上り、11年連続で増加し、過去最多となりました。中学生は21万6112人(前年比2万2176人増)で10年前の約2.3倍に、高校生は6万8770人(前年比8195人増)で10年前の約1.2倍に増えました。1000人当たりの不登校生徒数は、中学生は67.1人(前年度59.8人)、高校生は23.5人(前年度20.4人)でした。

-学校を離れる子どもたちは増える一方です。

柳原さん 学校を離れた子どもたちには経済状況などによって教育へのアクセスにさらに格差が生まれます。その格差は東京などの都市部で特に大きいのでは、と思います。それもまた不安の原因だと思います。

向坂さん 学校を離れた子どもたちに伝えたいのは、「学校を離れても、勉強を続けてほしい」「せっかく学校を離れたからこそ、本当に力のつく勉強方法を見つけてほしい」ということです。こうした子どもたちに加えて、学校に通い続けてはいるけれど、学校の授業だけでは不十分だと感じていたり、逆に「宿題や課題が多すぎる」といった学校の学習のあり方への違和感を持ったりしている子どもたちもいます。そうした「学校の学習システムに疑問があるが、実際に抜けようと思うと難しい」生徒たちにとっても、「学校を離れても勉強はできる」と伝わることは価値のあることだと思います。

写真:向坂くじらさん

勉強しないことで奪われる力

-「群れはぐ」の冒頭でも、過去の自分を振り返りながら、印象的な言葉で伝えていました。
【勉強をしなさい。
と言われたら、どんなふうに思うだろうか。わたしならまず、死ね、と思うだろう。】
という書き出しに引き込まれました。

向坂さん 学校という組織やシステムには、いろいろな問題や、子どもたちにとって違和感のあることがたくさんあると思います。それに対して子どもたちが抵抗しようと思った時に、「言いなりにならない」ことが、そのまま「勉強をしない」ことにつながってしまいがちです。

17歳の私がまさにそうでした。学校に違和感があって、学校の大人たちが言っていることに服従したくない気持ちがあるために、自分が勉強しないことを選んでしまった。

でも、「勉強をしない」という選択をすると、結局、学校を出た後や大人になった時に、より権威的なものに服従せざるを得ない状況に追いやられてしまう。そこで自分が抵抗し続ける力まで、勉強していないことによって奪われてしまうんです。

不登校の子やフリースクールに通う生徒たちと出会って、そのことに心を痛めています。彼らの違和感や、しようとしている抵抗には一定の正当性があるからこそ、彼らが感じている違和感を発信できたり、改善するために社会にコミットしていけたりすることが、よりよい社会につながっていくと思っています。

そういう意味で、学校を離れるという選択が、学びの機会を奪われることになることは、本人にとって以上に、社会全体にとって大事な機会の損失なのではないかと考えています。

はぐれることには不安が伴います。でも、「はぐれたらおしまい」ではない。うっかりはぐれてしまったところから始まるサバイバル術、生き抜くすべとして、必要な子どもたちに届いてほしいです。

写真:柳原浩紀さんと向坂くじらさん

ウェブ連載が本に

群れから逸(はぐ)れて生きるための自学自習法」は、明石書店のウェブサイトに2023年12月から約1年にわたって連載された内容をまとめた一冊です。連載の一部は、「webあかし」で読むことができます。

編集を担当した明石書店・編集部の深澤孝之さんは、「『学校からはぐれたら人生はおしまいではない。学べないというわけではない』と強い思いを持つ2人が、『その道を突き進んで大丈夫だよ』とエールを送っています。決して優しくはなく、厳しい内容もかなりありますが、ここに書いてあることは間違いないので、希望と覚悟を持って頑張ってほしいと思います」と話しています。

向坂くじら(さきさか・くじら)さん

写真詩人。2022年から、小中高生向けの「国語教室ことぱ舎」(埼玉県桶川市)を主宰。著書に詩集「とても小さな理解のための」(百万年書房)、エッセイ「夫婦間における愛の適温」(同)など。小説「いなくなくならなくならないで」(河出書房新社)が芥川賞候補に選ばれる。1994年、名古屋市生まれ。慶応大文学部卒。

 

柳原浩紀(やなぎはら・ひろき)さん

写真2005年から、小中高生向けの一人一人にカリキュラムを組んで自学自習する方式の学習塾「嚮心塾(きょうしんじゅく)」(東京・西荻窪)を主宰。勉強の内容だけでなく、子どもたち自身がその方法論をも考える力を鍛えることを目指して指導する。1976年、東京生まれ。東京大法学部第3類卒。

 

筆者 今川綾音

写真

1978年、埼玉県生まれ。2005年中日新聞社入社。2017年から、子ども・子育て関連の取材を担当。現在は東京すくすく部の記者として、「子育てをする側の状況はどうか」という視点で、成長・発達にまつわる悩みや子どもの事故、産後クライシスや社会的養護、学童保育の取材を続ける。2021年9月から3年間、「東京すくすく」の2代目編集長を務めた。小中高生3児の親。

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