性犯罪歴チェック「日本版DBS」創設法が成立 遅れていた日本での意義と課題は? 先行するドイツの専門家に聞く

2026年度にもスタート

 子どもと接する仕事をする人の性犯罪歴を雇用主側が確認する「日本版DBS」創設法が、2024年の通常国会で成立しました。子どもを性被害から守るため、学校や保育所などに確認を義務づけるもので、準備期間を経て2026年度にも始まります。

 日本でDBS制度の導入を求める声が高まったのは、2020年にベビーシッター仲介サービスを通して派遣された男性シッター2人が、保育中の子どもへの強制わいせつ容疑などで相次いで逮捕されたのがきっかけでした。DBSは英国の制度を参考にしたもので、日本での実現は当初、困難だとみられていました。しかし性被害当事者らによる根強い訴えに加え、旧ジャニーズ事務所による性加害問題の露呈、こども家庭庁の創設などが重なり、制度創設の機運が高まりました。

図表:G7各国の主な子どもへの性暴力被害者の声を政策に反映させる仕組み

 日本は先進7カ国の中で子どもの性被害対策が遅れていることや、被害者の声を政策に反映させる態勢が十分ではないといった点を国外からも指摘されてきました。性被害当事者の声が政府を動かしたドイツで、「子どもへの性暴力独立調査委員会」の委員を務めるマティアス・カッシュ氏に、日本の動きの受け止めや、ドイツの状況を聞きました。

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ドイツで「子どもへの性暴力独立調査委員会」の委員を務めるマティアス・カッシュ氏

制度の整備が意識を高める

ー子どもの性被害対策の遅れが指摘されていた日本で「日本版DBS」創設法が成立しました。

 日本の状況が前進していることをうれしく思います。ドイツでの経験から、DBSのような制度が整備されることはとても有益だと思います。新しい制度は、直接的に多くの被害を防ぐというよりは、意識を高めることに役立つと思います。このような制度、ルールがあることで、それぞれの施設などで子どもの保護方針について話し合う必要が生じます。こうした動き自体が、子どもを性被害から守ることに役立つのです。

ードイツでも被害当事者の声が政府を動かしたと聞きました。ドイツ政府の動きにどうつながっていったのでしょうか。

 2010年に私を含めたサバイバー(被害当事者)たちが声をあげた後、国内のあちこちで毎日のようにサバイバーが声をあげるようになりました。スポーツクラブでも学校でも、もちろん家庭でも、同じように子どもへの性的虐待が起きていることが明らかになったのです。そしてそうした事実をメディアが熱心に取り上げました。それ以前も当然、子どもへの性的虐待の事件はあり、メディアも取り上げていましたが、その関心は続きませんでした。事件が起きては忘れられ、起きてはまた忘れられ…の繰り返しだったのです。

被害当事者の声が動かした

ーそれまでと状況が変わったのですね。

 そうです。2010年の(サバイバーたちが声をあげた)スキャンダル以降は、国民の間でも関心がどんどん高まり、メディアが連日のように報じたことで多くの事案が表出し、多くの人の意識に残るようになりました。政府としても何とかしなければいけないということで、翌年の2011年に性的虐待の「独立審議官」が設けられました。これをきっかけに多くのサバイバーの声が政府にどんどん届くようになりました。性被害の当事者からすれば、何かあればここに話を持っていくことができるという存在ができたのです。その後、2015年には被害者から選ばれた15人による政府の諮問機関、サバイバー評議会を設置し、翌年に調査委員会が発足したのです。

ーいずれも政府の機関ということでしょうか。

 そうです。独立審議官は政府が任命します。独立審議官がなすべき仕事を進めていくために、サバイバー評議会が機能します。当初は15人のサバイバーが独立審議官に対して諮問をしていくという仕組みでしたが、その後に調査委員会ができ、これまでの約7年の間に5000人ものサバイバーから証言を集められるような体制になりました。調査委員会は、例えば裁判所まで行くのは難しいようなケースや、10、20年とたって時効が成立してしまったケースも含めて多くのサバイバーの話を集め、彼らに対する正義が確立されるような仕事をすることが求められています。いずれも18歳未満の子どもに関わる事案を対象にしています。

ーどういった点がポイントになるのでしょう。

 重要なポイントは、政府がサバイバーの声に耳を傾ける、サバイバーが自分たちの話を聞いてもらえると実感できる、ということです。サバイバーがほったらかしにされず、遅まきながらも自分たちの話を聞いてもらえて、今後どのように抑止するのかという政策の議論に生かされていく。そうした2つの大事な側面があるのです。

虐待はどこでも起きるもの

ーこうした課題はドイツだけにあてはまるものではありませんね。

 はい。子どもに対する性的虐待はどこの国でも起きています。ドイツではカトリック・イエズス会の司祭による性的虐待が明らかになりましたが、やはり他の宗教でも起きていますし、スポーツの分野でも職場でも同じことが起きています。家庭内においてもそうです。ドイツでは学校のクラスに1~2人は被害を受けた子どもが必ずいます。そこに見られるのは「力の差」です。例えば大人と子どもの力の差もあるし、国と国の力の差や貧富の差もあります。そういったことを背景にあちこちで被害が起きているのです。

ーサバイバー評議会などの公的な仕組みができて、具体的にどう変わりましたか。

 いろんな意味で性的虐待の事案が可視化されるようになってきました。各国との違いがあるとしたらそこが大きいと思います。ドイツは2010年のスキャンダル以降、人々がこの件について積極的に話すようになりました。例えば学校の現場でも、これまでは「そんなことはあり得ない」「黙っていろ」という雰囲気だったのが、「自分の学校でもあり得る」という意識に変わってきました。これはとても大きな進歩です。学校の先生の間で、子どもへの性的虐待の問題が日常の会話にのぼり、その実情や対処法について知ろうとする動きにつながっているのです。それだけでも抑止に結び付きます。

ー危機感や課題が広く共有されるようになったのですね。

 独立審議官のオフィスがどこにあるかを皆が知っていることがとても大事で、被害者が一人手探りで動く必要はないのだということが共通認識になりました。「私たちにはコミッショナー(審議官)がいるのだから大丈夫だ」と。自分一人で頑張るのではなくて、仕組みや組織をつくる動きが非常に大切なのです。そして、それらが完全に出来上がってから動くのではなく、今できることからスタートして、完成を目指したほうがいい。ドイツでも当初、独立審議官ができたばかりの時には周りに数人の非常勤スタッフがいるだけでした。でも今はがっしりとした組織になっている。できることから始めていかなければなりません。

サバイバーを支援するには

ー今の体制で足りない点はありますか。

 現状では、大人になったサバイバーへの支援体制が全く足りていないと感じています。サバイバーは自分が受けた被害のトラウマ(心的外傷)のなかでずっと生きていかなければいけません。それをどのように克服したらいいのかというサポートを受けられる仕組みが現時点ではありません。このことが大きな問題なのです。

ー今後どういったことに力を入れたいですか。

 ドイツだけでなく、各国でもレベルの違いこそあれ、サバイバー自身による組織化が起きています。こうした組織が大同団結をして、「ブレイブムーブメント」という運動が生まれました。私はこの地球規模の運動を広げていきたいと思っています。いま私たちが力を入れているのは、G7の国々でドイツのサバイバー評議会のような仕組みを作れないかということです。性被害は決して成人女性だけの問題ではなく、子どもも男性も同じ被害に遭っているのだということを、国として知ることが大きな道を開くことになるのです。

図表:性犯罪歴の照会の流れ

日本版DBSとは

 英国の「DBS」(Disclosure and Barring Service、前歴開示・前歴者就業制限機構)をモデルに、子どもと接する仕事に就く人の性犯罪歴の有無を確認する制度。就労希望者らの性犯罪歴の確認に関して、事業者がこども家庭庁に申請。同庁が法相に照会し、犯歴を記載した「犯罪事実確認書」を作成して事業者に交付する。仕事の性質が、指導など優越的立場の「支配性」、密接な人間関係を持つ「継続性」、他者の目に触れにくい「閉鎖性」の要件を満たす場合を対象とする。

図表:「性犯罪歴確認」の対象範囲

 

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