なぜ? 子どもの誕生日に「6万円分ギフト」もらえる東京都の事業に落とし穴が 受け取れなかった人の不満、逆に二重でもらえる人も

バースデーサポート事業を案内する各区のホームページ(朝倉豊撮影)
引っ越したら支給されず「同じ都民なのに…」
東京都の子育て支援策の一つで、子どもの1歳または2歳の誕生日を目安に6万~8万円分のデジタルギフトを受け取れる「バースデーサポート」という制度がある。ところが、「都内で引っ越しをしたら、受け取ることができなかった」と、品川区の男性から連絡があった。
男性は「引っ越し前後どちらも東京住まいだったのに、支給されないのは納得できない。制度設計の不備ではないか」と訴える。品川区、東京都に取材を進めていくと、都の担当者から意外な知らせが届いた。
転居前の区は1歳半、転居後の区は1歳で
2児を育てる会社員の男性(37)は昨夏、都内のX区から品川区に引っ越した。当時、第2子は1歳。転居前に住んでいたX区では、区から案内を受け取り、1歳6カ月児健診時にアンケートに答えればバースデーサポートの支給を受けられることは理解していた。第2子なので、7万円分が支給される予定だった。
ところが、品川区に転居後の昨年11月に1歳6カ月児健診を受けても支給についての音沙汰がなかった。男性は区のホームページで調べて初めて、「品川区では1歳の誕生日に支給する」という基準だと知った。
第2子はX区在住時に1歳の誕生日を迎え、品川区に転居してから1歳6カ月を迎えた。そのため、以前住んでいたX区でも、引っ越し先の品川区でも、バースデーサポートの支給対象から外れてしまっていたのだ。
都は「転居先の区でフォローされるべき」
今年に入り、男性が品川区に問い合わせたところ、「支給基準を満たさず、支給できない」との回答。以前住んでいたX区も同様の回答だった。
都に相談すると、「転居先の品川区でフォローされるべきだが、そもそも区によって支給基準が異なる状況を許したのは都の制度設計の問題かもしれない」という返事。都から品川区にフォローするように伝えてもらったが、品川区からは最終的に「支給できない」との回答が届いた。
男性は、その後も品川区とやりとりを重ねたが、判断は変わらなかったという。
変わらなかった品川区の判断 理由は?
やりとりの中で書面で届いた回答で品川区は、「都の事業の一環だが、具体的な支給時期や条件は各区に委ねられている」「品川区では、1歳の誕生日時点で区内に住所があり、かつアンケートに回答することを支給条件としている」と説明。

「対象とならなかったことについて、ご要望に添えず大変申し訳ございません」と伝える品川区から保護者への回答書面(保護者提供)
おわびの言葉とともに、「他区での支給の有無を把握する仕組みがなく、独自の支給条件に基づき厳密に運用せざるを得ない状況」であり、「課題だと認識している」ことが記されていた。
男性は区との一連のやりとりを「『支給基準を満たさない』の一点張りで交渉の余地すらなかった」と振り返る。「都から伝達があったにもかかわらず、支給基準の見直しすら検討しない品川区の姿勢に強い疑問を感じる」
なぜ支給時期が自治体ごとに違う?
男性から連絡を受けて一番に感じたのは、「それは納得いかないだろう。同じ都内での転居なのだから、自治体間で連絡を取り合って融通を利かせれば済む話なのでは」ということ。
実際のところ、他の自治体はどう対応しているのだろうか。
数はそれほど多くないにしても、引っ越しなどで男性と同じような状況に陥るケースは、これまでもあっただろうし、今後も生じるだろう。品川区と同じように「自治体ごとにバースデーサポートの支給時期が違うのだから、仕方がない」と、しゃくし定規の対応をしているのだろうか。(そうではないことが後にわかった)
そもそも、なぜ自治体によって支給時期が違うのか。東京都が旗を振っている事業なのだから、全自治体で統一すれば問題は生じないのではないか。東京都や23区の担当者に聞くと、背景が見えてきた。
バースデーサポート事業
東京都が全額を補助し、区市町村が実施する事業。支給時期は1歳、1歳6カ月、2歳など、自治体によって異なる。
1歳・2歳前後の子どもを育てる家庭が対象で、子育て状況を尋ねる面接を受けたりアンケートに回答したりすると、「バースデーサポート」として育児用品や育児・家事支援サービスに交換できるデジタルギフトを受け取れる。
2023年4月1日以降に生まれた子どもは、第1子6万円、第2子7万円、第3子以降8万円分(子どもの出生順にかかわらず、一律で6万円分を支給する自治体もある)。2023年3月31日までに生まれた子どもは、第1子1万円、第2子2万円、第3子以降3万円分。
開始時期、支給条件…各自治体でバラバラ
東京都によると、「バースデーサポート事業」が始まったのは2020年度から。当初は任意事業だったため、実施自治体は62区市町村のうち14にとどまった。その後、徐々に増え、2021年度は27、2022年度は36、2023年度は58、2024年度は青ケ島村以外の61自治体となった(いずれもその年度の交付申請時点での自治体数)。今年度からは必須事業となったため、未実施だった青ケ島村も含め、全自治体で実施となる見込みだ。
事業開始に当たり、都は当初、支給時期を「1歳」としていたが、自治体から「2歳」や「1歳6カ月児健診時」を希望する声があり、「1歳・2歳前後」と幅を持たせたという。
結果、23区だけを見ても、1歳で支給は文京、墨田、江東、品川、目黒、大田(※)、世田谷、渋谷、中野、豊島、北、板橋、練馬、足立、江戸川の15区、1歳6カ月で支給は新宿、荒川、葛飾の3区、2歳で支給は千代田、中央、港、台東、杉並、大田(※)の6区と、区によってバラバラの支給時期となった(※大田区は1歳と2歳の2回に分けて支給)。
「支援が手薄になる時期に」「2回に分けて」
各自治体が支給時期を定めた理由はさまざまだった。
1歳で支給する目黒区は「訪問や健診の機会がない時期の家庭の子育てを応援するため」。1歳6カ月児歯科健診に合わせた荒川区は、「受診率が高いので、子育てに関するアンケートを確実に回収できる。状況を確認し、不安があれば保健師に問診で相談できるようにしている」。
2歳に設定した中央区は「もともと都のサポートは生まれたての時期に手厚いため、他のサポートの時期とバランスを取り、若干手薄になる時期に設定した」。同じく2歳の台東区は、「導入時に1歳か2歳かを検討した。1歳6カ月児健診から3歳児健診まで1年半と、より健診の期間が空く2歳を選んだ」。

大田区役所
1歳で3万円分、2歳で3万~5万円分と分けて支給している大田区は「アンケートを通して、1歳と2歳のどちらでも家庭状況を把握できる。切れ目なく見守っていくため、2回に分けている」。
一方、大田区と同じように昨年度まで1歳で5万円分、2歳で1万~3万円分と分割支給していた江東区は、本年度から1歳時にまとめて支給することに。担当者は「1歳は育休明けで保育園に預ける人が多い。ベビーカーや子ども用のいすなど、まとめて大きな買い物ができるようにした」と話す。

江東区役所
こうして聞いてみると、どの自治体も「子育てをする家庭と接触機会を持って状況を把握し、困りごとがあればサポートする」「子育て家庭を経済的に応援する」といった狙いを持って支給時期を決めたことが、担当者の口ぶりから伝わってきた。その狙いや思いを無視して、都が一律に支給時期を定めるのも具合が悪いのだろう。
品川区の担当者に聞いてみると…
では、「支給しない」と最終判断した品川区には、どんな事情があるのだろうか。品川区の子ども未来部長、佐藤憲宜(けんぎ)さんに、今回の対応について聞いてみると、保護者の男性とのやりとりからは見えてこなかった葛藤を抱えていることがわかった。

バースデーサポートについて案内する品川区のホームページ
こうしたケースがあると「認識していた」
「1歳の誕生日に区内に住民票がある世帯」を対象とする品川区。佐藤さんは支給時期を1歳にした理由をこう説明する。
「(この事業には)行政とのかかわりが少ない時期に(子育て家庭と)接触するという大きな目的がある。品川区では4カ月児の集団健診が保健センターであり、その次は1歳6カ月児健診になるので、その間の早い時期がいいだろうと設定した」
他区と比べ、品川区がバースデーサポート事業を始めた時期は遅かった。2023年12月に品川区が開始した時点で、すでに16区が事業を実施していたという。
「その時点ですでに各区で支給時期が1歳だったり1歳6カ月だったり2歳だったりとバラバラな状況だったため、都内で転居などをした世帯への支給がうまくいかないケースがあることは、他区へのヒアリングなどを通して認識していた」と佐藤さんは振り返る。
厳密に判断「他自治体の判断に合わせた」
ということは、事業開始時点で品川区として「こういうケースに対しては支給しないと判断する」と決めていたのだろうか。
そう佐藤さんに聞くと、「はい。他の自治体も、同じ形で厳密に判断しているとのことで、品川区としては『まずは事業を進めるうえで、このような対応をしていくが、課題は課題として東京都に伝えていこう』というスタンスでやってきた」との答え。
「先行して事業を実施していた他自治体の判断に合わせた、ということか」と重ねて聞くと、「そうです」。
こうしたケースについて、「他の区からは『結構たくさん要望を受けているが、支給基準を満たさないので支給していない』と聞いている」。ただ、品川区では今のところ、「転居したが支給の対象にならないのか」という問い合わせは年間1桁前半だという。

品川区役所
「都がルールを作ってくれれば動ける」
今回のケースでは、都から「できれば(転居先の品川区で)フォローしてほしい」という連絡があったにもかかわらず、最終的に「支給しない」と判断した品川区。その理由を尋ねると、佐藤さんから意外な答えが返ってきた。
「他の区とのバランスもあるので。ただ私どもも、対応は十分可能だと考えている。転居前の自治体に電話して、(バースデーサポートを)支給しているかどうかを確認できる。事務的な運用や手順、前の自治体とどう確認するかを整えれば対応できる、と今、内部で検討している」
さらに続けた。
「当然、他の区も同じことを考えている。ただ、補助金を出している大本の東京都が、(こうしたケースへの)対応ルールを作ってくれた方が話が早いと、(自前でやるか、都の主導で進むのを待つか)両にらみしているところ」
「都がルールを作ってくれれば、それに沿って動ける。(今回、支給できないとの判断を伝えることになった)この方には、われわれも申し訳ないという気持ちでいっぱいなので」
なんと。品川区に転居した男性とのやりとりでは触れられていなかったが、区も現状を変えたいと動いているということなのか。

支給時期などの違いについて、「多くの自治体が課題として認識しており、東京都に対して積極的に要望してまいります」と書かれた品川区から保護者への回答書面(保護者提供の書面を撮影)
佐藤さんはさらに踏み込んだ。
「今回の方のようにもらえなかったり、(逆のケースで)二重にもらえたり、と課題もいろいろあるので、都内全部で一括して確認できる仕組みをつくるなどしないと公平性は保てない。支給した方のデータを東京都が管理して、もらっているかどうか、そこを見れば分かるという仕組みがあれば、自治体が一つ一つ転居前の自治体に確認して調べるよりは分かりやすい」
そして、都から今後について話があったことも明かした。
「この件は品川区だけではなく、他の区も大きな課題と捉えて東京都に伝えてきたこともあり、都から『さかのぼって対象となるように制度設計の検討をしている』と話があった。その変更が都から正式に出れば、そのようにわれわれも対応していく、という現状です」
荒川区では臨機応変に対応したケースも
品川区は「他の自治体も同じ形で厳密に判断しているので」と説明したが、23区の中には臨機応変に対応している区もあるようだ。荒川区では昨年度、支給条件を満たさなかった世帯に対し、「関連書類などを確認の上で支給する」と対応を決めたケースがあった。

荒川区役所
荒川区では通常、1歳6か月児歯科検診を受診する際に、子育て状況についてのアンケートに回答・提出してもらい、バースデーサポートを支給している。
同区には昨年度末、子どもが1歳8か月のタイミングで、2歳時に支給を行っている別の自治体から転居してきた家庭から「前の自治体で1歳6か月児健診をすでに受けてしまったが、2歳になる前に転出したのでバースデーサポートは受けられていない。荒川区で受けられるか」と相談があった。都と相談し、「1歳6か月児健診の受診記録を確認でき、子育てについてのアンケートに回答してもらえれば、支給します」と回答したという。
同区健康部健康推進課長の田中欣也さんは「(引っ越しなどで)受け取れないことがないように、寄り添った支援をしていきたいと考えている」と話す。
東京都の担当者に聞いてみると…
都内の他区から品川区へ引っ越し、支給が受けられなかった今回の保護者のケースについて、東京都子供・子育て支援部の調整担当課長、和田栞さんに聞いた。品川区は制度設計の課題として、他区とともに東京都に伝えてきたというが、都はどう考えているのか。
実際にどうするかは区市町村が判断
都が転居先の品川区に「フォローをするように」と伝えたにもかかわらず、支給しないという最終判断をした品川区の対応。都はどのように受け止めているのだろうか。
和田さんは「制度の支給時期や支給基準などは事業の実施主体である区市町村が決めている。都としても区市町村に『対応いただければ』とお願いはするが、都と区市町村は上下関係にはないので、実際にどうするかは区市町村の判断になる」と話す。

子育て支援策に力を入れる東京都の小池百合子知事=5月30日、東京都庁で
そうはいっても、都が補助金を出す事業であるにもかかわらず、支援の枠から外れてしまう人が出るのは問題ではないか―。保護者の男性も抱いていた疑問をぶつけると、昨年度までは対応のしようがないケースがあったことを知らされた。
「もともとは2020年度に任意事業で始まり、必ず全ての区市町村にやってもらう事業ではなかった。2025年度からは必須事業になったが、これまでは実施しているところと実施していないところがあり、仮に実施していない区市町村に引っ越した場合は、そもそももらえなかった」(和田さん)
行政と接触の機会を持つことをより重視
実施時期についても、当初は「1歳前後で」とスタートしたが、「2歳なども含めてほしい」という声が自治体から上がったため、幅を持たせて「1歳前後、または2歳前後の子育て家庭を対象にする」と要綱を定めた経緯がある。
都としては、経済的支援として実施してはいるが、「面接やアンケートに答えてもらうとクーポンを出します」というもので、子育て家庭が行政と接触する機会を持つことの方により重きを置いている。和田さんは「法定の健診の期間が空いてしまう時期に、子育てをする保護者と接触し、困っていることがあればサポートしていけるようにと補助をしている事業なので、支給時期は区市町村に判断を任せていた」と説明する。
今回のように支援の枠から外れるケースがあることは都も把握しており、「1歳で支給する区市町村が多いので、こうした事例が発生するケースは限られる。区市町村と情報を共有しながら対応していけるように、検討を始めたところ」だという。

バースデーサポートについて案内する豊島区のホームページ
転居して2回もらう場合は?「制限せず」
今回のケースとは逆に、転居のタイミングによっては2回もらえるケースも出てくるが、都としては二重支給については調整しないのだろうか。
和田さんは「行政と接触を持ってもらうことが目的なので、区市町村の判断で出すことに対して制限はしない」といい、都としては問題視しない姿勢を示す。
あくまでも、「都内で引っ越したのにもらえない」という事例に対応していくとし、「直近の2024年度については、さかのぼって支給対象外になった方への対応ができないかも含め、検討していきたい」と話した。
そして都が動いた…「転居先の区が支給するように」通知 昨年度の転居もさかのぼって対応へ
23区の各自治体への取材を続けていた6月23日、東京都の担当者から連絡があった。この件について、都が動いたことを知らせる内容だった。
連絡は、前出の都子供・子育て支援部の調整担当課長、和田さんからだった。「年度途中ではあるが、『転居で支給が受けられるタイミングがなくなってしまった人について、転入先の自治体の予算で対応してほしい』と各自治体向けに対応を依頼する文書を6月20日付で展開した」という。
「1歳の誕生日に都内に住民票がある場合」は、都内での転居に限って、引っ越した先の自治体が支給するように求める内容。「昨年度(2024年4月1日から2025年3月31日の間)に都内で転居した人に対しても、さかのぼって対応してほしい」とリクエストしたとのことで、冒頭の品川区に引っ越した男性の家庭も対象になる見込みだ。
対象者に対しては「これから区市町村が、それぞれのやり方で周知し、対応していくことになる」と説明する。和田さんは「制度の趣旨は、(子育てをする家庭が)行政と(アンケートや面接などで)コンタクトを取ること。転居でその機会が失われることがないよう、対応していきたい」と話している。
7月2日現在、男性のもとにはまだ品川区からの連絡は来ていない。
なるほど!
グッときた
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