サッカー元日本代表 大久保嘉人さん 1年弱の親子二人暮らし 家事と子どもの成長に向き合って

作山哲平 (2023年1月29日付 東京新聞朝刊)
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大久保嘉人さん(佐藤哲紀撮影)

カット・家族のこと話そう

現役最後に初の「子連れ単身赴任」

 現役最後の2021年シーズンは、J1セレッソ大阪でプレーすることが決まり、横浜に妻と4人の息子を残して大阪に単身赴任するつもりでした。すると、当時小学4年の三男が「ついていく」と言って聞かない。シーズン中の1年弱、初めて子連れ単身赴任をすることになりました。

 何も考えてなかったんですよ。でも、いざ二人生活が始まると「何か食べさせてあげないと死ぬなぁ」って。最初は朝ご飯でインスタントみそ汁をつくると、三男に「これほぼお湯だよ」って言われました。具の袋は入れたんですが、みその袋を入れることを知らなかった。

 そこからがスタート。料理は「食べたいな」と思うものの食材を妻に相談し、作り方をYouTubeで調べました。調味料は「これくらいかな」と感覚で。太刀魚の煮付けをつくると三男は「おいしい」と言ってくれ、うれしかった。遠足で弁当を持参する日には、キャラクター柄の弁当を用意。大事な試合に臨む前日と同じように、作り方を何度もイメージしました。

二人だから、小さな成長に気づく

 三男との生活では、成長を間近で見ることができました。三男はサッカーの練習から帰ると、スパイクの土を落として家に入るようになったり、朝早くにご飯を食べて一人で出かけられるようになったり。二人だからこそ、小さな成長に気づけたと思います。

 横浜で妻と暮らしていた時は、何もしませんでした。料理や洗濯、掃除、子どもの宿題…毎日やるのは本当に大変。再び家に帰った今は、現役時より忙しくなり、何もやってないけれど、洗濯やごはんのありがたみが分かります。

「友達のような父親」になりたい

 子どものころは、福岡県の団地で姉、妹と5人家族で育ちました。トラック運転手の父は優しく、毎日一緒に風呂に入り、同じ布団で寝ていました。母は元バレーボール選手。父母は勝負事に厳しく「サッカーでは誰にも負けるな」と教えられました。裕福ではありませんでしたが、強豪の国見中学・高校に下宿をさせてもらい、「両親を楽にしたい」とプロを志しました。

 息子たちはサッカーをやっていますが、ああしろ、こうしろとは一切言いません。自分は子どものころ、怒られるとやる気をなくしていた。なるべく見守り、何か聞かれたら経験を伝えています。

 なりたいのは、友達のような父親。昔、父は優しかったけど「友達とけんかした」とかは言えなかった。何でも言ってくれた方が、楽しくないですか。息子とは公園で一緒にサッカーしたり「学校は楽しいか?」「彼女は?」と積極的に話しかけます。何でも言い合えるのは心地よく、気持ちいいじゃないですか。

大久保嘉人(おおくぼ・よしと)

1982年、福岡県生まれ。サッカー元日本代表。現在はタレント。セレッソ大阪やスペイン、ドイツのクラブ、川崎フロンターレなどで活躍後、2021年にセレッソに復帰し、同年引退。J1最多得点(191点)を記録。代表60試合出場6得点。2010、2014年ワールドカップに出場。家族は妻と5~17歳の息子4人。

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  • らんまま says:

    サッカーは詳しくないですけどこの方は何故か印象に残ってます。若い時はチャラい感じに見えたのですがこんなに素敵なお父さんになってたんですね!単身赴任のお父さんについて行くと言った息子と一緒に2人暮らしなんて普通は出来ないです。いつまでも変わらずいいお父さんでいてください。

    らんまま 女性 50代
  • 匿名 says:

    暖かくなる話です。強面の人かと思っていたけれど、心の優しさが滲んでいました。

  • 匿名 says:

    いい男になったなぁ。

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