大相撲力士 御嶽海久司さん 毎日勉強を教えてくれた父、いつもかばってくれた母

海老名徳馬 (2023年7月2日付 東京新聞朝刊)
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家族について語る大相撲力士の御嶽海久司さん(潟沼義樹撮影)

タイトルカット・家族のこと話そう

礼儀に厳しかった「昭和」の父

 お母さんがフィリピン出身の外国人なので、両親のことはママ、パパと呼んでいました。ママは本当に明るく優しい。パパは厳しくて「昭和」というイメージ。今思うと、それでバランスが取れていたんだと感じます。

 お父さんのことは、めちゃくちゃ尊敬しています。口うるさかったけれど、怒る時にはちゃんと理由がある。嫌な厳しさじゃないんです。例えば相撲のクラブで稽古に気が乗らない時。すぐにばれて、絶対に怒られました。

 礼儀にはとても厳しかった。買い物に行って知り合いに会って、子どもだからじっとしていない時がありますよね。人前では怒らずに、家に帰ってから「なんであいさつできないんだ、そばにいなさい」と。めりはりが重要なんだなと学びました。礼儀の大切さは、相撲を始めてからとても役に立ちました。

 勉強も毎日のように教えてもらいました。土建の会社で働いていて、数学や理科が得意。現場のプレハブで、昼休みに勉強を見てくれることも多かった。ホワイトボードを使って教えてくれました。

 よく覚えているのは音読の宿題。いつも最初に自分が読んでみせてくれる。役者さんみたいに感情を込めるのがうまいんです。その通りにやってみてうまくいくと「いいじゃないか」とすごく褒めてくれて。自分の時間を割いてそこまでやってくれる親は、なかなかいないんじゃないかな。

母には1回も怒られたことがない

 お母さんは明るさや優しさが、そのまま顔に出ているような感じ。1回も怒られたことがない。小さい頃は、お父さんが自分に怒ると、お母さんが「なんでそんなに怒る必要があるの」とよくかばってくれた。そこでお父さんはいつも理由をちゃんと説明してくれたので、子ども心にも「そういう理由なんだな」と納得できていましたね。

 お母さんとは日本語だけでなく、タガログ語でしゃべることも多かった。例えば愚痴です。お父さんは分からないから。でもお父さんは「日本語で」とは言わない。外国人にはできないことも多いじゃないですか。母の兄弟をフィリピンから日本に呼ぶ手はずとか、車の免許を取る勉強とか。全部お父さんがみてあげていた。愛情がいっぱいあったと感じます。

 相撲を始めてから、お母さんにはいつも「けがをしないように」と言われていました。「周りの人も悲しいけれど、自分が一番悲しいでしょう。好きなことができなくなるよ」と。できるだけけがをしないという考えは、今でも自分の相撲に生きていますね。

 自分も結婚して、お母さんには「家庭の中での感謝と思いやりを忘れないように」と言われています。自分が相撲を取れているのも、妻がいて環境を整えてくれているからだなと感じています。

御嶽海久司(みたけうみ・ひさし)

 1992年生まれ、長野県上松町出身。2015年春場所に幕下10枚目格付け出しで初土俵。2022年初場所で3度目の優勝を飾り、場所後に大関昇進。同年秋場所後に大関から陥落。今年5月の夏場所で7場所ぶりに勝ち越し、9日に初日を迎える名古屋場所は西前頭2枚目で迎える。

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