料理研究家 藤井恵さん ワンオペで苦しんだ頃 撮影で作った料理は食べない娘たちの反抗が重なって

©福尾美雪

各界で活躍する著名人が家族との思い出深いエピーソードを語るコーナーです
「あなたのために作る」は心の栄養
2人の娘が小学生だった頃は、家族のごはん作りに行き詰まっていました。仕事が忙しくなった時期で、夜はいつもレシピを書きながらうとうとしていた。料理の試作にも時間がかかる。自営業の夫は多忙でほとんど家にいない。家事と育児への協力は一切なく、ほとんど私が1人でやる状況でした。
あまり器用なタイプではなく、当時は仕事にがむしゃらで一生懸命。仕事でご飯を作って、家族のご飯も朝と晩、お弁当も、というのが嫌になっていました。でも撮影のために作った料理を出しても、娘たちは食べませんでした。
忙しい母への唯一の抵抗だったんでしょうね。呼んでも部屋から出てこない。自分たちのために作ってくれたもの、が食べたいんだと気付きました。どんなに簡単でも、おにぎり一つでもいい。「あなたのために作る」料理は、おなかを満たすだけではなく、気持ちの栄養にもなる。それが大切なんだと思いました。
それからは小学校の高学年から高校までの6年間くらい、晩ご飯はほとんど鍋でした。栄養バランスがよくて出来たて。残りの野菜も全部入れられる。小鉢をつける余裕はない。あとは麺かご飯。みんなよく食べてくれました。娘たちが本当はどう思っていたかずっと不安だったけれど、大人になってから「おいしいから苦にならなかった」と思っていたと知り、うれしかったですね。
ご飯に行き詰まっていた頃は夫婦の雰囲気も最悪でした。けんかはするし、当時は料理研究家としての収入も少なかったので、「仕事というのはお金を稼げるもの」と言われたこともあります。「いつか見ていろ!」と思って頑張っていました。
本当に大変でも助けを求めずにやっていたら、その思いが爆発して「お母さんと奥さんをやめる」と宣言したことがあります。でもご飯もお弁当もやめられない。1日で終わりましたが、それから夫が家のことを少しずつやってくれるようになりました。私の母が入院した時期にはすごく親身になってくれて、新たな絆が生まれた感じがします。
夫婦で長野で過ごすと料理が優しく
5年前に長野県原村に家を買い、月に1度ほど夫婦でゆっくり過ごすことが楽しみです。東京では外に全く出ない日が続く場合もありますが、長野では空や花を見て、四季の移り変わりを体感できる。地元の野菜が本当においしくて。ほとんどプライベートの料理しか作りません。草むしりとか、水場に鳥が来るのを楽しみに待つとか。何もしないぜいたくですね。
長野に通い始めて怒らなくなった。最近は料理が優しくなった気がします。嫌な気持ちで作ったものは、食べる人も嫌なんですよね。穏やかな気持ちで作ったものが一番おいしい。家庭も円満になって、夫婦げんかは全然しない。夫とは最高にいい友達です。
藤井恵(ふじい・めぐみ)
1966年、川崎市出身。大学在学中からテレビの料理番組のアシスタントを務める。専業主婦として5年間子育てに専念した後に復帰。雑誌や書籍、講演会など幅広く活動する。家族のための食事作りを仕事と両立してきた経験や考えをまとめた「働きながら家族のごはんを作るために わたしが伝えたい12の話」(大和書房)を2024年11月に出版した。
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